僕と三課と冷徹な天使

吉田と休憩

僕は三度目の正直で伝票入力を終えた。

コオさんに確認をお願いして、
オッケーをもらうと、
安心してどっと疲れが出た。

そんな顔をしていたのだろうか、
コオさんが

「ネートサーフィンとかじゃなく、
 普通にコーヒーでも飲んで休憩しといで」

と言ってくれた。

「よっしー、灰田君とコーヒー飲んで
 目を覚ましてきて」

と、また寝ていたらしい吉田さんに
コオさんは言った。

びくっとした吉田さんは寝ぼけた声で

「お・・・おう、行こうか。灰田君」

と言って立ち上がった。

「はい」

僕はついていった。

休憩フロアで吉田さんは

「よう、お疲れ。今度飲みに行こうな。
 ・・・あ、久しぶり、元気だった?
 また飲み行こうよ~」

と通り過ぎる女の人全員に声をかけていた。

僕は恥ずかしくて、
コーヒーを冷ますふりをして
うつむいていた。

そんな僕には全く気づかない吉田さんは、
いきなり

「灰田君は彼女いるの?」

と聞いてきた。

思わぬ質問に、僕はびくっとして

「い、いません」

と答えた。

「え~モテそうなのに。
 じゃ、今度合コンしよう。」

と吉田さんは言った。

モテそう?

不可解な言葉を聞いた気がしたが、
それより断らないといけない。

「いや、合コンとか無理です。
 女の子としゃべるの苦手で・・・」

と僕は言った。

3次元の知らない女の子と食事するなんて無理だ。

「そうなの?遊んでる感じするけどなあ。
 髪の毛茶色いし、髪形もいい感じじゃん」

と吉田さんは僕の髪を眺めながら言った。

「あ、これは友達が美容師で、
 色々やってくれて。
 ・・・全然遊んでないんです」

社会人になるんだからイメチェンしろ、と
幼馴染が入社式の前に
カラーリングとカットをすすめてくれた。

僕はイヤだったが、
このタイミングで変わらないと、一生ダサくてむさい
アニメが好きなだけの男として生きることになるんだぞ、
と脅されて、しかたなく、してもらったのだった。

でも、モテそうと思われるなんて思いもしなかった。

ちょっと嬉しい。

「えーそうなんだー。あーあ、
 女の子紹介してもらおうと思ったのになあ~」

僕の話はどうでもよさそうに吉田さんは言った。

「すみません」

なんとなく僕は謝った。

「同期の女の子はどうよ。誰か紹介してよ」

吉田さんは諦めなかった。

「いや、あまり話したこと無いです。」

研修についていくのに必死で、
女の子と仲良くなる余裕なんてなかった。

「じゃ、大学の友達」

吉田さんはしつこかった。

「無理です。サークル入ってなかったので」

アニメとゲームの毎日でしたから、
と心の中で付け加えておいた。

「じゃあ、高校とか」

吉田さんは本当にしつこかった。

「男子校でした」

と答えて僕は、時間が気になってきた。

ちょっと休憩しすぎな気がする。

僕の場所からは時計が見えなかった。

今度腕時計を買おう、と心に決めた。

「じゃ、女の子にモテる友達、いない?」

僕は吉田さんのしつこさにめまいがしそうだった。

僕は根負けして

「ちょっと探してみます」

と薄ら笑いでごまかした。

言いながらコオさんに怒られる予感でいっぱいだった。

「あ、あの・・・」そろそろ戻りましょう、
と言いたかったが、吉田さんは

「頼むな。まじで女の子不足なんだわ。
 人口的に問題があるんじゃないかと思うんだけどさ・・・」

と深刻な顔をして、いかに女の子に
飢えているかということを語り始めた。

僕は焦った。

全然三課に戻る気配が無い。

まわりの人はどんどん入れ替わっているのに、
僕らだけずっとここにいる。

・・・これはまずい。

吉田さんはそんなことを気にも留めずに
話し続けている。

もういい加減言わないと、
と決意を固めると、
じゅんさんがやってきた。

「吉田さん、休みすぎです」

僕はほっとした。

じゅんさんは続けて言った。

「コオさん機嫌悪いですよ」

僕はぞっとした。

吉田さんを置いて
少しでも早く帰ろうと思ったが、
それでは一人で帰れない。

「なんだよー、
 新人と親睦を深めているだけじゃないか」

と、ぶつぶつ言いながら三課に戻る吉田さんのあとを
僕はついていくしかなかった。
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