それは、一度終わった恋[完]

伝えてもどうしようもない気持ちだと思ってた


「澄美さん、この後どうします?」

名前を呼ばれてハッとした。
映画を見終えると、気づくとあたりはもう暗くなっていて、帰るにはいい時間になっていた。
わざわざ私のマンションの近くの映画館で観たのだし、このまま帰る流れであると判断していいだろうか?
本音をいうと、一日中自慢や薀蓄に付き合わされて疲れたから本当に帰りたい。

「あ、じゃあ時間も時間ですし、そろそろ……」

「澄美さんの家ってどんな感じなんですか? 見てみたいなあ」

えっ、この人誘うの下手かよ! 下心ミエミエだよ!!
わざとらしすぎる誘いに、思わず全身に鳥肌が立ってしまった。
偏見かもしれないが、もう10年以上彼女がいないみたいだし、下手したら童貞なのでは……。

ニヤニヤした瞳に思わず背筋がゾッとしてしまい、私は一歩下がった。
マンションまでは距離にして100mだ。こんな狭い道、このマンションの住人くらいしか通らないから、周りに助けを求めることもできない。ここはあまり触発せずになんとなく話を逸らす方向で……。

なんて思案していると、肩に手が置かれた。

「な、なんてね、ちょっとはやかったよねいくらなんでも」

「え、ええさすがに……」

「じゃあキスでお別れしようか」

何を言ってるのこの人!?
なんでこんな人紹介したの!?
明日電話して全部暴露して二度とお見合いなんてしないと言ってやる!!

「……僕の会社、大加山証券はかなり伸びているし、僕と付き合ったら人生本当にイージーだよ。今の部長が僕の親戚でコネで昇進も間違いなしだし、転勤もない」

「それはそれは……」

「君も今までこんなに楽して生きてきたら、もう社会になんて出られないだろ? 僕ならずっと楽させてあげられるよ? 本当は漫画を描いてることも調べて知ってる。そんなお遊びでお金を稼がなくたっていいんだ」

何を言ってるの……? この人は。

誰が、ずっと楽して生きてきたって?
誰が、人生ずっとイージーを望んだって?
誰が、社会に出られないって?
誰が、お遊びで稼いでるって?

怒りで手が震えた。
こんなに屈辱的な思いをしたのは、久々だ。
家柄のせいでなんの努力もしてこなかった風に見られるなんて、こんなに屈辱的なことはない。
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