妖刀奇譚









季節は変わり、春。


街を覆っていた雪はとうに溶け消え、コートが不要になるくらい寒さは和らぎ、鶯のさえずりが聞こえるようになっていた。


アスファルトの隙間からは土筆が伸び、山では梅に続くように桜が花をほころばせ始めているらしい。


街路樹の方はもう少し時間がかかりそうだ。



(4月前に桜が咲き始めるのって初めてかも)



流れていく景色を見ながら、思葉は窓に頬杖をついてぼんやりと考える。


鈍行の車両内にまばらにいる乗客は、春らしい恰好をしている人が多くいた。


特に今日はここ数日のうちで最も気温が高く、上着を着ていたら暑いくらいなのである。



「……おい。いい加減、どこへ行くのか教えろ」



ボックスシートの向かい側に腰かけている玖皎が、ぶすっとした顔で思葉を睨んだ。


本体の太刀は、丈夫な革製の鞘袋にしまわれて思葉の脇に立て掛けられてある。


他の乗客たちの目には、思葉がひとりでボックスシートを利用している風に見えていた。


相席を頼まれたら文句を言わずに席を譲る約束をしていたが(玖皎は姿が普通の人には観えないだけで実体はあるのだ)、この客の量だとその心配はなさそうだ。


でも思葉は周囲の視線を気にしつつ小声で玖皎に言う。




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