プラス1℃の恋人

【4】ありえないときめき

 翌日、青羽は遅刻の連絡を入れ、朝イチでかかりつけの内科を受診した。

「熱中症ですね。貧血もひどいようなので、鉄剤の注射を打っておきましょうか」

 注射と聞いて一瞬ぎょっとするが、錠剤だと胃に負担がかかってしまうらしい。

 青羽はどす黒い色をした鉄剤の注射を受けることにした。
 会社で醜態をさらすのは、もうこりごりだ。


 診療が終わったあと、2時間遅れで会社に向かう。
 いつもは混雑している電車も、通勤ラッシュの時間帯とずれていたので、難なく椅子に座ることができた。

 人口密度が低いせいか、車内の空調もよく効いているような気がする。



 エントランスの扉を開けると、きっちりしたスーツ姿のビジネスマンが行き交っていた。
 いつもながら、イケメンぞろいで目の保養になる。

 管理室のおじさんが、エントランスの観葉植物に霧吹きをかけていた。

「外は湿度が高いけれど、建物のなかは乾燥しがちなんだ。植物だって喉がかわくだろう。だから、人が少ない時間にこうして水分をあげているんだよ」

 ここで働く女子から、ひそかに〝癒しの田中さん〟と呼ばれているおじさんは、そう言ってやさしく笑った。

 体調が回復し、気持ちにも余裕ができたせいか、いままで気付かなかった些細な思いやりに、心が洗われる。
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