プラス1℃の恋人

【7】あの夜の真相

 その週の金曜日。業務が終わったあと、青羽はビールの保管庫にいた。

 どこかの部屋の扉がバタンと閉まる音が聞こえた。
 そっと廊下の様子を見る。すると、クマみたいな風貌の人物がエレベーターに向かって歩いていくのが見えた。

 青羽は保管庫のなかから飛び出し、その人物の背中を叩いた。

「千坂主任、お疲れ様です!」

「おわっ! びっくりした!」

 1メートルは横に飛んだかもしれない。千坂は幽霊にでも遭遇したかのように青羽を見た。

「なんだよ、寿命が100年縮まったじゃないか」

「それってほぼ即死です」

 冷静に突っ込むと、千坂は「だよな」と豪快に笑った。


「待たせたか?」

「いえ、大丈夫です」

「ならよかった」

 先を歩いていく大きな背中を、青羽はドキドキしながら追いかける。

 千坂はエレベーターで1階まで下りると、エントランスには向かわず、ホールにある別のエレベーターのボタンを押した。

「同じ建物のなかにあるのに、1階まで下りて専用のエレベーターに乗らなきゃいけないなんて、けっこうめんどくさいよな」

「私、アッパーフロアより上に行くの、初めてです」

「そうか。俺も滅多に来ないんだけどな、今日は特別だ」

 ふたりが乗ったのは、53階のレストランに向かう、専用のエレベーターだ。

 そういえば事務の桃子が言っていた。
 B.C.square TOKYOの53階にあるレストランは夜景がきれいで、プロポーズなど勝負に出るときは、ここの窓際の席をリザーブする人が多いらしい。

 じつは昨日、あらたまって千坂から話をされた。
 明日の夜、食事につきあってくれないか、と。

 ドキドキする。
 もしかしたら千坂も、青羽と同じ気持ちでいたのだろうか。
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