プラス1℃の恋人

【9】帰れないだろ

 レストランでの商談を終え、あらためてひとつ上の階にあるバーで乾杯することにした。

 オーダーしたのは、凍った泡で蓋をしてあるフローズンビールだ。
 ジョッキにも氷の粒がついていて、見ているだけで涼しくなってくる。

「そういえば、ビールは駄目って言ってましたっけ」

 すでに半分以上グラスを空けたあとだったが、おそるおそる尋ねてみた。

「水分補給のつもりでビールを飲むのが駄目だという意味だ。仕事で疲れた心と体をリフレッシュさせるためのアルコールは、必要不可欠なエネルギー源」

 しれっと答える千坂を見て、青羽は苦笑する。

「なら私も、遠慮しなくていいということですね」
「そういうことだ」

 上司の許可がでたので、今日は思う存分飲むことにした。


「ああ~! やっぱりビールは最高にうまい~!」
「だよなー!」

 かしこまった高級レストランのときとは一転、千坂もリラックスムードでビールのジョッキを傾ける。
 とはいえここのバーも、おしゃれで格式が高く、居酒屋みたいにはじけることはできないのだが。

「しかし、おまえがあんなに機転がきく奴だと思わなかったぞ」

「ほんとですか~?」

「ほんとだとも。そうだ、営業に行け、営業。もしかしたら二階堂を抜いて、エースになれるんじゃないか?」

「やだあ、本気にしちゃいますよ~」

 うふふと笑いながら、青羽は千坂の腕にもたれた。
 緊張から解放されたこともあり、いい感じにアルコールがまわっている。

 カウンターで隣り合った千坂とは、体が触れるほどの距離だ。
 否応なしに気持ちのテンションも上がる。

 仕事もうまくいきそうだし、恋愛もいまが仕掛けどきだろうか。
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