日常に、ほんの少しの恋を添えて

専務の気持ちと、素敵な空耳

「寝なかったんですか」

 声をかけると、水を飲み終えた専務は気怠そうに額に手を当て、項垂れる。

「熱が出てきたみたいで……朦朧としてた」
「えっ。今冷やすもの持ってきます」

 慌ててキッチンに戻り、冷凍庫からアイス枕を取り出し、タオルで包んだ。それを持って再び専務の元へ行く。布団に潜り込み、ぐったりしている専務の枕の上にアイス枕をそっと差し込んだ。

「これ、使ってください。あと、美鈴さん帰られました」
「ああ、ありがとう。うん。それはいいけど……長谷川、お前美鈴に何か言われたりしなかったか」

 具合が悪いのにも関わらず、少し心配そうな顔をして、専務が私の返事を待っている。

「はい、大丈夫ですよ」
「本当か?」

 そう言って専務が私に疑惑の視線を送る。
 なにか言われるのかと身構えてはいたが、結果的に美鈴さんは私のことを応援してくれているっぽい。なので、私は専務に気を遣われるようなことはなかったと、笑って見せた。

「専務が気になさるようなことは全くありませんでしたので、ご心配なく」
「そうか、それならいいんだけど……で、何の話だったの」
「……あの……過去にお付き合いされていた時のお話をされてました……」
「やっぱり」

 専務がはあーと溜息をつきながら、体を起こすと、伏し目がちに口を開く。

「……美鈴には申し訳ないことをしたと思ってる」 
「いろいろお話は伺いましたけど……お仕事がお忙しかったんですよね? それなら仕方ないと思いますけど……」
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