亡国の悪役令嬢、呪われたショタ王子に拾われる
プロローグ
 エルゼア王国の王都。その北側に聳える王城から火の手が上がった。
 火の勢いは衰えを知らず、真っ赤な業火となって石造りの王城を包んでゆく。
 城を守っていた騎士たちは散り散りに逃げだし、敵国の兵士に剣と魔法で制圧されている。
 もう終わりだ。
 滅びゆく母国を、わたしは幽閉されている高い塔の小窓から見下ろしていた。
 遠くて音は届かないのに、それでも悲痛な叫び声が聞こえてくるような気がする。

 王族たちは逃げのびているだろうか。それとも――。
 胸元のペンダントをギュッと握りしめた時、ズンッと大きな揺れが足元を襲った。
「……!」
 よろけそうになって窓枠に掴まる。
 この塔は頑丈な石造り。それがこんなにも激しく揺れるということは、大きな爆発があったことを意味する。

 弾薬庫が爆破されたのだとしたら、わたしの家族はもう生きていないだろう。
「お父様。お兄様……」
 わたしは震える両手の指を組んで祈りを捧げた。
 
 そのさなかに、石階段を駆け上がる無粋な足音と甲冑のこすれる音が複数聞こえてきた。
 バン!と、大きな音を立てて扉が蹴破られた。
 敵国・アドラ王国の鎧をまとった兵士たちが狭い部屋になだれ込んでくる。
 
 その中のひとり、恰幅のいい髭面の騎士がこちらを睨みつけ低い声で問うた。
「おまえは第二王子の婚約者、マリア・モナークだな」
「ちがいます」
 わたしは即座に否定する。
 しかし髭面騎士は、茶褐色の目をさらにギラッと光らせた。
「嘘を言うな! 青い目に栗色の髪。その工芸品のような見事な縦カールの持ち主は、マリア・モナーク以外にはいないと聞き及んでいるぞ!」
 
 まあ、工芸品だなんて!
 幽閉されている身でも身だしなみは整えておかなければと、毎日きちんとしておいた正解だった。
 不謹慎ではあるけれど、ちょっと嬉しくなって思わず頬が緩む。

「もしかしてわたし、褒められています?」
「んなわけあるか!」
 いちいち大声を出さないでほしい。
 狭い部屋に反響して耳障りだ。

「わたしがマリアであることは間違いございません。しかし三日前に婚約破棄されました。モナーク伯爵からも勘当を言い渡され、ここへ幽閉されたのです」
 だからいまのわたしは、家名すら持たないただのマリアだ。

「よし、マリア・モナークであることが確定した! 連行しろ!」
「だから、ちがうって言ってるでしょう!?」
 モナーク伯爵家の人間じゃないと言っているのがわからないのか。
 
 そこへ高貴な身なりをしたプラチナブロンドの髪の少年が入ってきた。
 年齢は十一か十二歳ぐらいに見える。
 しかしこちらを真っすぐ見つめる意志の強そうな琥珀色の目には、少年特有のキラキラしさがない。

「見つかったか?」
「はい、シリウス様」

 シリウス……その名を聞いてピンときた。
 この少年はおそらく、アドラ王国の第三王子だ。
 公にはほとんど姿を見せないと聞いていたけれど、まだこんなに幼かったのか。
 第一王子と年が随分離れているということは、正妃の子ではないのだろう。
 それはいいとして、なぜこんな場所に?

 わたしの頭の中を駆け巡る様々な疑問は、髭面騎士のひとことでかき消された。
「この女こそが、第二王子の暗殺を企てたマリア・モナークです!」
 
「暗殺を企ててなんかいないわ。わたしはただ、ロミオ様に爆弾を投げつけただけよ」
「殺そうとしているではないか!」
 髭面騎士のツッコミに、ブフッ!と笑ったのはシリウスだった。

 そもそも我が国を制圧したアドラ王国にとって、わたしがロミオに爆弾を投げつけたかどうかなんて、どうでもいいではないか。
 すでに罰が下されこうして塔に幽閉されているのだ。
 これ以上の、しかも異国の刑罰の対象になるはずがない。

「わたしを殺すなら殺してくれてかまわないわ。どうせこの国は滅びるんでしょう?」

 王族をはじめエルゼア王国の中枢にいた貴族たちは皆、無事では済まされないだろう。
 父はもしかすると、この状況を見越してわたしを勘当したのかもしれない。
 ただの平民として生きのびろと。
 
 髭面騎士がわたしの胸元を見ている。
「そのペンダント……怪しいな」
 わたしは伸ばされた手を振り払った。

 アクセサリーにしては武骨な形をしたペンダントヘッドだ。怪しまれても不思議ではない。
 しかし他人に気安く触れてほしくはない。
 それに、女性の胸元に許可なく手を伸ばすなど、失礼にもほどがある。

「やめてちょうだい。おじいさまの形見なんだから」
 わたしはチェーンを首から外して手に握った。にっこり微笑んでみせる。
「もしかして、爆弾だとでも思っているの?」
 言い終える前に、ペンダントを石の床に叩きつけた。

 髭面騎士が目を剥き、シリウスを庇うように胸に抱く。
 しかし――なにも起きなかった。
 金属製のペンダントヘッドが無機質な音を立てて石の床に転がっただけだ。
 
「馬鹿ね。本物の爆弾だったら王子を庇ったって無駄よ。みんないまごろ粉々になっていたでしょうね」

 わたしは拾い上げたペンダントを再び首にかけ、にっこり笑ってみせたのだった。

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