親友に婚約者を奪われた毛虫令嬢は、腹黒王子様に捕獲されてしまった〜この溺愛からはきっと逃れられない〜
番外編25.5 おまえを泣かせるのは、これで最後だ(レノックスside)
「レノ様ぁ、このダイヤのイヤリングに、サファイアの指輪もありがとうございましたぁ」
「いいえ、私もあなたに贈ることができて光栄です。……とてもお似合いですよ」
「うふふっ、レノ様ったらぁ」
ビーン男爵令嬢は顔を真っ赤にして、バシバシと俺の腕を叩いた。
「……では、私はこれで失礼します。また、お会いしましょう、ケイシー嬢」
彼女の手を取ると、手の甲に口付けるフリをした。
「……はい、レノ様。いつでもお待ちしてますわぁ」
そう言って潤んだ瞳でこちらを見上げる。俺は微笑みを返して馬車に乗り込み、ビーン男爵邸を後にした。
俺はクッションの張られた座席にどかっと腰を下ろすと、盛大な溜息をついた。
「――くそっ、何なんだ、あの女は。べたべたしやがって。しかも、鼻が曲がるかと思うほど臭いっ」
自分の腕をくんくんっと嗅ぐと、まだ甘ったるい香水の余臭がする。いや、俺の全身に纏わりついていた。
――あの日、ティナが俺に付いていた鱗粉を見つけた、その直後だった。研究所にあの女……、ビーン男爵令嬢が現れた。
その時、俺は閃いたんだ。この女、ケイシー・ビーンを使って、ビーン男爵が行っている蝶の密輸の証拠を掴んでやろうと。
この女を騙すなんて簡単だった。ちょっと微笑んで甘い言葉を囁き、宝石という餌を与えれば、案の定すぐに落ちた。そして今日、ビーン男爵邸に潜入することに成功した。
俺は手に持っていた小箱に目を落とす。小箱の中ではガサガサと動く音がしている。
「これをコリンズに確認してもらえば……」
あの女に案内させ、ビーン男爵邸の庭園を散歩していた時だ。その場に似つかわしくない、かなりの大きさの木箱が置いてあった。あれは何だと尋ねると、
『あれはぁ、父が売っている蝶の幼虫を育ててるんですよぉ』
あの女は、あっけらかんと答える。
中を見せてもらうと、マーシャル侯爵邸でティナが拾い集めた謎の毛虫と酷似した幼虫が、ひしめき合っていた。
それにしても、男爵が違法に所持している希少生物を、いとも簡単に他人に漏らし、欲しいと言った俺に渡すとは……。
(あの女……、相当な馬鹿だな……。ま、馬鹿のお陰で証拠を一つ手に入れられたんだが)
……ふと、脳裏にティナの姿が浮かぶ。
今日、俺がビーン男爵邸に行くと言った時の、あの切なげな視線。
涙を堪えて奥の部屋へ逃げ込んだ彼女の背中を追いかけて、その細い肩を抱き締めたい――そんな衝動を必死に抑えた。
(きっと、あいつを傷付けてしまったんだろうな……)
ティナはあの馬鹿女に、元婚約者のチビ馬鹿野郎を盗られただけでなく、あいつが大切に思っている毛虫たちを嫌がらせの道具に使われた。
その馬鹿女に、俺が親しげに近づいているんだ、あいつの傷口を抉るような真似をしていることは百も承知だ。
(さっさと終わらせないとな。それには、密売の証拠も必要だな)
「……グレイ、おまえ知ってるか?」
向かいの席で静かに控えていたグレイに声をかけた。
「はい、何でしょうか、殿下」
「……確か、罪人の口を割らせるのに適したワインがあったよな?」
俺はワインは嗜むが、種類に詳しいわけではなかった。王族が口にできる銘柄は限られている。
グレイはしばし考え込んでから徐ろに口を開く。
「……ランバード領の、『饒舌の女神』と呼ばれているワインのことでしょうか?」
「あぁ、それだ! あまりの美味さに理性が飛んで、隠し事すら吐いてしまうんだっけ? ……ふっ、本当かよ、信じられないな」
俺が馬鹿にしたように鼻で笑うと、グレイは静かに答える。
「地元の領民は、そのワインを決して口にしないと聞き及んでおります。現在は裏で密かに流通しているようです」
「なるほどね。それを奴らに飲ませれば……面白い、試してみるか。グレイ、用意を頼めるか?」
「御意に」
(あと、少し。……あと少しで、邪魔な奴らをすべて排除できる。……おまえを泣かせるのは、これで最後だ)
ティナが大切にしている毛虫たちが、きっとあいつを救う鍵になるはずだ。
「……おまえら、あいつを守る為に協力してくれよ……」
俺はそう呟くと、手に持っていた小箱の蓋を優しく撫でた。
「いいえ、私もあなたに贈ることができて光栄です。……とてもお似合いですよ」
「うふふっ、レノ様ったらぁ」
ビーン男爵令嬢は顔を真っ赤にして、バシバシと俺の腕を叩いた。
「……では、私はこれで失礼します。また、お会いしましょう、ケイシー嬢」
彼女の手を取ると、手の甲に口付けるフリをした。
「……はい、レノ様。いつでもお待ちしてますわぁ」
そう言って潤んだ瞳でこちらを見上げる。俺は微笑みを返して馬車に乗り込み、ビーン男爵邸を後にした。
俺はクッションの張られた座席にどかっと腰を下ろすと、盛大な溜息をついた。
「――くそっ、何なんだ、あの女は。べたべたしやがって。しかも、鼻が曲がるかと思うほど臭いっ」
自分の腕をくんくんっと嗅ぐと、まだ甘ったるい香水の余臭がする。いや、俺の全身に纏わりついていた。
――あの日、ティナが俺に付いていた鱗粉を見つけた、その直後だった。研究所にあの女……、ビーン男爵令嬢が現れた。
その時、俺は閃いたんだ。この女、ケイシー・ビーンを使って、ビーン男爵が行っている蝶の密輸の証拠を掴んでやろうと。
この女を騙すなんて簡単だった。ちょっと微笑んで甘い言葉を囁き、宝石という餌を与えれば、案の定すぐに落ちた。そして今日、ビーン男爵邸に潜入することに成功した。
俺は手に持っていた小箱に目を落とす。小箱の中ではガサガサと動く音がしている。
「これをコリンズに確認してもらえば……」
あの女に案内させ、ビーン男爵邸の庭園を散歩していた時だ。その場に似つかわしくない、かなりの大きさの木箱が置いてあった。あれは何だと尋ねると、
『あれはぁ、父が売っている蝶の幼虫を育ててるんですよぉ』
あの女は、あっけらかんと答える。
中を見せてもらうと、マーシャル侯爵邸でティナが拾い集めた謎の毛虫と酷似した幼虫が、ひしめき合っていた。
それにしても、男爵が違法に所持している希少生物を、いとも簡単に他人に漏らし、欲しいと言った俺に渡すとは……。
(あの女……、相当な馬鹿だな……。ま、馬鹿のお陰で証拠を一つ手に入れられたんだが)
……ふと、脳裏にティナの姿が浮かぶ。
今日、俺がビーン男爵邸に行くと言った時の、あの切なげな視線。
涙を堪えて奥の部屋へ逃げ込んだ彼女の背中を追いかけて、その細い肩を抱き締めたい――そんな衝動を必死に抑えた。
(きっと、あいつを傷付けてしまったんだろうな……)
ティナはあの馬鹿女に、元婚約者のチビ馬鹿野郎を盗られただけでなく、あいつが大切に思っている毛虫たちを嫌がらせの道具に使われた。
その馬鹿女に、俺が親しげに近づいているんだ、あいつの傷口を抉るような真似をしていることは百も承知だ。
(さっさと終わらせないとな。それには、密売の証拠も必要だな)
「……グレイ、おまえ知ってるか?」
向かいの席で静かに控えていたグレイに声をかけた。
「はい、何でしょうか、殿下」
「……確か、罪人の口を割らせるのに適したワインがあったよな?」
俺はワインは嗜むが、種類に詳しいわけではなかった。王族が口にできる銘柄は限られている。
グレイはしばし考え込んでから徐ろに口を開く。
「……ランバード領の、『饒舌の女神』と呼ばれているワインのことでしょうか?」
「あぁ、それだ! あまりの美味さに理性が飛んで、隠し事すら吐いてしまうんだっけ? ……ふっ、本当かよ、信じられないな」
俺が馬鹿にしたように鼻で笑うと、グレイは静かに答える。
「地元の領民は、そのワインを決して口にしないと聞き及んでおります。現在は裏で密かに流通しているようです」
「なるほどね。それを奴らに飲ませれば……面白い、試してみるか。グレイ、用意を頼めるか?」
「御意に」
(あと、少し。……あと少しで、邪魔な奴らをすべて排除できる。……おまえを泣かせるのは、これで最後だ)
ティナが大切にしている毛虫たちが、きっとあいつを救う鍵になるはずだ。
「……おまえら、あいつを守る為に協力してくれよ……」
俺はそう呟くと、手に持っていた小箱の蓋を優しく撫でた。

