気弱令嬢は我慢の限界を迎えたので、今から「御礼」いたします~レアスキルを活かした結果、いつの間にか隣国で大活躍していました~

幕間・ヴィルフォード視点

 最初は、フィオーレのスキルを「利用できる」と思っただけだった。

 意図的に、彼女にとって理想的な男を演じるようにした。蜜のように甘い言葉を捧げ、唯一の理解者であるかのようにふるまい、欲しい物を与えて。

 全て、彼女のスキルを利用するためだ。

 俺の復讐を遂げるためにフィオーレのスキルは肝要であり、彼女に裏切られればこの計画は崩れてしまう。だがドグスとローズの結婚を壊し終わった今、本来、フィオーレが俺といるのは、メリット以上にデメリットの方が大きい。何せ、隣国の国王を陥れることに巻き込もうとしているのだから。怖くなって逃げだしたくなる方が当然だ。

 だからこそ、彼女が逃げないようにひたすら甘やかして、囲っておくことにしたのだ。彼女のスキルを利用するために、篭絡しようとした。

 だが、契約上の婚約者として一緒に過ごす彼女には……調子を崩されてばかりだ。

 復讐の炎が燃え終わった彼女、フィオーレは、不思議な女性だった。
 式場で見せた、ドグスとローズへの復讐心は、彼女自身を守る殻のようなもので。
 それが全て破れ、今俺と一緒にいるときの彼女が、おそらく本当のフィオーレなのだろう。

 正直最初は、どうせ彼女は様々なものを欲しがるだろうと思った。恵まれない生活から一転、偽りであっても公爵の婚約者という立場を手に入れたのだ。地位と金に目が眩み、ドレスや宝石など、多くのものをねだるだろうと。だが欲しい物さえ与えておけば満足するのなら、楽だとも考えていた。

 けれど、フィオーレは違った。

 自分から何かをねだることはなく、街に出ても、気になった様子なのは、子どもじみた人形だけ。密かに購入してプレゼントすれば、それだけで涙を流した。どこまでも透明なその涙は、演技とは思えなかった。あれが演技だというのなら、完敗を認めてもいいほどだ。

 ――「嬉しい……本当に、ありがとうございます。ずっと、大切にします……」

 彼女を、篭絡してやろうという企みだったのに。
 その言葉に、不覚にも一瞬胸が熱くなってしまった。
 もっとも、直後にはそんな愚かな自分を律したが。

 恋愛感情というものには、いい印象がない。自分の父……父と呼ぶのも忌まわしいあのゼラニウム王も、そんな感情のせいで母を疎み、殺したのだから。

 そうわかっているのに、フィオーレと言葉を交わすたび、長く凍りついていた心が溶かされるようだった。
 人形を贈ったときのあの会話は、心の一番柔らかな箇所に刻まれたかのように、この胸を離れない。

 ――「……俺に、優しいと言うなんて。君は、本当に酷い奴ばかり見てきたんだな」
 ――「私にとっては、ヴィルフォードは、優しいです」
 ――「なら君はこの先もっと、大勢の人間と知り合うべきだな。俺より優しい人なんて、無数に見つかるはずだ」
 ――「この先何人の人と出会っても、私に初めてこんなに優しくしてくれた人は、ヴィルフォードです」

(……他の人間なんて、知らなければいい)

 彼女の前では、「大勢の人間と知り合うべきだ」と言ったのに。今、内心では全く異なることを考えている自分に自嘲の笑みが浮かぶ。

 俺だけを見て、
 俺だけを優しいと言って、
 俺だけに、微笑みかけていればいい。

 そんな感情が芽生え始めていることに気付き――そんな芽など、踏み潰してしまいたくなる。

(……馬鹿げている)

 篭絡するはずが、篭絡されかけている。自分はここまで愚かな男だったのかと思うと、吐き気がしそうだ。

(俺の復讐心は。こんなことで消えてしまうのか? ……そんなわけがない)

 長年この身の内側に、どす黒い焦げのようにこびりついた憎悪は、晴れることなどない。
 母が亡くなり隣国に送られても、幼少期は王宮にいて、成人したら公爵になれたのだからいいご身分だ、と周囲は思っているかもしれないが。――いいご身分だと言うなら代わってみろ、と思う。

 母は、殺されなくてはならないような人間ではなかった。一人の人間として尊敬できる人物であり、ゼラニウムにとって良き王妃であるとともに、自分にとってたった一人の家族だった。

 だが彼女は、当時から側妃レヴィシアの嫉妬によって虐げられていた。国王はそれに気付いていなかったわけではないはずなのに、面倒ごとには関わりたくないとばかりに仕事に没頭していた。母を助ける力があったのに、助けなかった。最初から、見殺しにしていたのだ。国王と側妃がそのような態度だったため、臣下達や、果てには使用人まで、母に粗雑な扱いをしていた。

「こんなの、おかしいです。母上は、辛くないのですか」

 母の置かれた状況に憤りを覚えた幼き日の俺は、そう尋ねた。

「辛くないわ。私にはずっと、夢があったの。それが叶ったんだもの」
「夢……とは?」
「私はずっと、自分の子どもが欲しかったの。そして、可愛いあなたを授かることができた」

 そう言って、母は俺の頭を撫でた。

「私は不幸なんかじゃないわ、ヴィルフォード。あなたがいるんだもの。それだけで、私は幸せよ」

 自分と同じ青の瞳は、どこまでも穏やかに俺を映していた。

「可愛い、私の子。何があったって、あなたのことだけは、私が守るわ」

 ――だけどその後、母は里帰りのため、一人でミオソティスに行くことになった。
 今思えば、その時点で疑問点は多い。何故、王妃が国王や、息子である俺を伴わず、一人で自国に戻ることになったのか。……わからないが、俺はゼラニウム王宮で帰りを待つことしかできなかった。

 最初は、母が「行方不明」という報告だけを受けた。母はミオソティスに到着しておらず、かといってゼラニウムに戻ってきてもいない。彼女の乗っていた馬車がどこを探しても見つからないのだ、と。

 嫌な胸騒ぎがした。いてもたってもいられなくなった。
 まだ六歳だった俺は、「普段は冷たい父だが、こんなときくらいなんとかしてくれるのではないか」と……一筋の希望に縋るように、国王の寝室へ行った。

 国王は不在で、代わりにテーブルの上に、不思議な箱があった。
 その箱は何かの封印が施されているようで、王族の魔力紋によって開く仕組みだった。正当な第一王子であった俺は、その箱を開けることができた。他の臣下や使用人であれば無理だったはずだ。

 箱の中には――不可思議な、薬の空瓶のようなものが隠されていた。

「何をしている!」

 そこで国王が俺を見つけ、怒鳴り声とともに、殴りつけた。
 ……驚いた。殴られたこともそうだが、これほど取り乱した王を見るのは、初めてだったから。
 国王は肩で息をし、寒くもないはずなのに小刻みに震えていて、明らかに動揺していた。

「勝手に人のものを漁るな! そのようなことは卑しい行いだ、王族として恥ずべきことだ。二度とするな!」

 ――結局、国王はそう言って俺を部屋から追い出し、寄り添ってくれることなど、何一つなかった。

 俺は何日も、母が無事に生きて戻ってくれることを祈っていた。
 だが後日、使用人に知らされたのは、「王妃が亡くなった」という事実で。
 絶望に頭を殴られ、全身が闇に沈んでゆくようだった。

 そして、その夜。
 側妃が密かに、俺の部屋を訪れた。

「ねえ、あなた。お母様に会いたいでしょう? 会わせてあげる」

 まだ母が死んだことを信じられなかった俺は、その言葉に縋ってしまった。母は本当は死んでなどいない、何か事情があって死んだことにされただけなのだ、と。

 だが側妃に手を引かれ連れていかれたのは、安置室だった。俺はそこで、母の亡骸と対面した。
 惨い、としか言いようのないものだった。
 身体は魔獣の爪によって無残に斬り裂かれ、牙を突き立てられた痕も無数にあって――絶句する俺に、側妃は言った。

「あらあら。王妃様ってばあんなに美しかったのに、こんなに醜い姿になってしまったわねぇ……。あなたも、第一王子だからって調子に乗っていると、こんな目に遭ってしまうんじゃないかしら?」

 側妃は、粘つくような笑みを浮かべていた。普段は周囲から「なんてお美しい」と褒めそやされている女なのに、その笑顔は、ただ恐ろしいものでしかなかった。

 そして俺は、思い知った。母は死んだ。生き返ることなどない。
 夫とも、息子とも離れているときに、独りで無残に殺された。
 何日も発見されず、変わり果てた姿となって……亡骸になってすら、嘲笑されたのだ。
 あまりの絶望で呆然としている間にも、王達の間で今後の話は進み、側妃が正妃に、第二王子が王太子となり――俺は隣国ティランジアへ送られた。

 どうもティランジア王宮内に、ゼラニウムの側妃レヴィシアと通じている者がいたらしい。そのため、陰で徹底的に虐げられた。拷問用の魔道具を玩具のように使われたり、剣技の訓練と称して暴力をふるわれたり……思い出すことすら苦痛な行為に耐え続ける日々だった。

 だが自分のことは、どうでもいい。

 痛みを受けるたび思ったのは、「魔獣に殺された母はもっと痛かったのだ」ということ。俺の顔は母に瓜二つだ。鏡に映る傷だらけの自分を見るたび、王宮で虐げられ、無残に殺された母のことを思い出した。母のために何もしてくれなかった父を憎悪した。年を重ね物事を冷静に考えられるようになるにつれ、あのときの父はおかしかったと、何か隠しているのだと気付いた。その頃には既に父への復讐心が芽生え、勉学と剣技、魔術に没頭した。

 いつか機会さえあれば、必ず復讐してやる。そのためだけに己を磨いた。それ以外では、ひたすら空虚な日々を送っていた。国交強化という名目ならティランジアの令嬢と婚約話が出てもおかしくなかったが、俺にそのような話は出なかった。レヴィシアの差し金だろう。ルシアヴェールの息子である俺が幸せになるなど許せなくて、ティランジア王宮内の者に圧をかけていたのだ。復讐のためには婚約者など不要なので、好都合だったが。

 ゼラニウム国王もレヴィシアも、俺が不幸になるのを望んでいたはずだ。だがやがてこの国で成人十八歳を迎えた俺には、公爵位が与えられた。ちょうどスカビオサ領で問題が起こり、押し付けられる形でそうなったのだ。

 これまで学んできたことを活かし、領地経営は問題なく行ったが――地位や富を手に入れたって、虚しいだけ。
 何年経とうとも、何を手に入れようとも、過去の悪夢が消えることはない。
 忘れたくても忘れられない。前を向きたくとも、癒えない傷が膿むように、刻まれた記憶が邪魔をする。
 十四年前のあの日から、自分の中の血が全てどす黒く変色してしまったかのように、まともな人間として生きられないのだ。
 どうすれば、この黒い感情を晴らせる?

 ――復讐を遂げるのだ。それこそが、俺のやるべきことだ。

 母は殺されたのに、あの国王と現王妃が何食わぬ顔で薔薇色の日々を送っているなど、あってはならないのだから。
 そんなことを考えながら、ハイドランシアの結婚式に参加したところで――
 彼女、フィオーレ・ディステルに出会った。
 ……それは、何かの導きだったのだろうか。だとしたら、俺を導いたのは天使か、それとも悪魔か。

 俺は、身勝手に母を死に追いやった国王と現王妃を、許しはしない。
 必ず復讐を遂げる。……そのために、恋愛感情などあってはならない。

(俺は、誰も愛さない。……全ては、復讐に必要な駒。それだけだ)

 そう言い聞かせ、自分の中に咲きかけていた淡い感情は散らすことにした――
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