『星砂の降る船で』 桜井ジン
第十話
ちいさなおなか
宝船の真ん中にある長い階段を、神さまたちは一歩ずつ登っていた。星砂がヒラヒラとまい、上の方は、まだよく見えない。
「ねえ、まだ着かないの?」
ほていは、大きなお腹を揺らして、ゼーゼーと肩を上下させた。びしゃんは、一番前で、重たい槍を杖にして、トントンとリズムを刻む。
「だまって登れ。ここは修行の坂なんだよ」
そのとき、足元を小さなネズミがチョロリと横切った。ネズミは、だいちゃんが落とした大切なお供えの、だんごを、一生懸命に運んでいる。だいちゃんは、すすけたこづちを振り上げて止まった。
「こら、それはわしの……」
えびやんが、こづちをそっとおさえる。
「ねえ、どうする? 怒る? 許す? それとも、いっしょに食べる?」
神さまたちは、長い坂の途中で、ピタリと足を止めた。足元の星砂が、ユラユラと、迷うように揺れていた。
ネズミは、だんごを引きずって、コトコトと進む。白い粉が、ポロポロ落ちた。だいちゃんの眉が、ギュッとよる。こづちの角で、階段をトン、とたたいた。
「きまりは、きまりだ。お供えは、勝手に持っていってはならん」
ほていは、膝に手をつき、ハァハァと息をした。
「まあまあ、小さい口だし、ちょっとくらい……」
びしゃんは、槍の先で、ネズミの行く手をそっとさえぎる。ネズミは、ピタリと止まった。
「おまえ、腹減ってるのか」
ネズミの髭が、プルプルと揺れる。べにたんは、びわを背中からおろす。ジャラン、と一音鳴らした。
「誰のだんごかで、こんなに空気がギシギシするの?」
ロクさんは、長い頭をポリポリかく。
「いつか、だんごも、わしらも、なくなるんじゃよ」
星砂が、ふわりと上に登った。坂の上は、まだ見えない。
だいちゃんは、しゃがんだ。ネズミと目を合わせた。こづちは、まだ上がったままだ。
「もし、ここで見逃せば、次も、また持っていく」
トン、とこづちが空を切った。でも、振り下ろさなかった。えびやんは、階段に腰をおろした。
「ねえ、だいちゃん。きまりって、誰のため?」
だいちゃんは答えない。ただ、だんごの粉を、指で少しこすった。ほていは、ポン、とお腹をたたく。
「腹がグゥってなると、きまりもグラグラするのです」
そのとき、ネズミが、だんごを落とした。ころり、と転がって、階段の真ん中で止まった。だんごは、少しつぶれていた。
びしゃんが、しゃがんだ。槍を脇に置く。
「俺はな、泣き声を聞くと、足が勝手に動く」
ネズミは、チョロ、とあとずさった。べにたんが、ぽろん、とやわらかい音を鳴らす。音は、星砂の中をスルスルと進んだ。おじいは、ずっと黙っていた。坂の上を見上げて、それから、だんごを見た。ゆっくり、ひとつ、うなずいた。
「……半分」
それだけだった。
だいちゃんは、目を閉じた。こづちを、ゆっくり下ろした。だんごを、パキ、とふたつに割った。ひとつを、ネズミの前に置き、もうひとつを自分の手に乗せた。
「きまりは、守る。だが、腹も、守る」
えびやんは、だまって立っていた。鬼の面が、わずかに星砂を弾く。面の内側が、温かい。えびやんは、ひとつ息をついた。カチリ。面は、膝の上に落ちた。笑いは、まだ戻らない。
ネズミは、そっと近づいた。クンクン。それから、かじった。ほていが、にっこりした。
「まあまあ、丸くおさまったのです」
べにたんが、トントンと軽くリズムを刻む。びしゃんも、槍の柄で、コツンと合わせた。トン。ポロン。コツン。坂の上から、光がキラリと落ちた。
えびやんは立ち上がった。ふにゃりと笑った。
「ねえ、だいちゃん。きまりって、かたち、変わるね」
だいちゃんは、半分のだんごを口に入れた。ゆっくり、もぐもぐした。
「順序は、登るものだ」
星砂が、少しだけ薄くなる。坂の上が、ぼんやりと見えた。神さまたちは、また一歩、登った。ネズミは、もう半分をくわえて、チョロリと坂を下りていった。
トン。トン。トン。びしゃんの槍が、リズムを刻む。おじいは最後尾で、静かに坂を見上げた。
「……まだ、続く」
星砂は、ヒラヒラと舞いながら、坂の上へゆっくり流れていった。宝船は、止まっていなかった。ほんの一段分だけ、ちゃんと、登っていたのだった。
宝船の真ん中にある長い階段を、神さまたちは一歩ずつ登っていた。星砂がヒラヒラとまい、上の方は、まだよく見えない。
「ねえ、まだ着かないの?」
ほていは、大きなお腹を揺らして、ゼーゼーと肩を上下させた。びしゃんは、一番前で、重たい槍を杖にして、トントンとリズムを刻む。
「だまって登れ。ここは修行の坂なんだよ」
そのとき、足元を小さなネズミがチョロリと横切った。ネズミは、だいちゃんが落とした大切なお供えの、だんごを、一生懸命に運んでいる。だいちゃんは、すすけたこづちを振り上げて止まった。
「こら、それはわしの……」
えびやんが、こづちをそっとおさえる。
「ねえ、どうする? 怒る? 許す? それとも、いっしょに食べる?」
神さまたちは、長い坂の途中で、ピタリと足を止めた。足元の星砂が、ユラユラと、迷うように揺れていた。
ネズミは、だんごを引きずって、コトコトと進む。白い粉が、ポロポロ落ちた。だいちゃんの眉が、ギュッとよる。こづちの角で、階段をトン、とたたいた。
「きまりは、きまりだ。お供えは、勝手に持っていってはならん」
ほていは、膝に手をつき、ハァハァと息をした。
「まあまあ、小さい口だし、ちょっとくらい……」
びしゃんは、槍の先で、ネズミの行く手をそっとさえぎる。ネズミは、ピタリと止まった。
「おまえ、腹減ってるのか」
ネズミの髭が、プルプルと揺れる。べにたんは、びわを背中からおろす。ジャラン、と一音鳴らした。
「誰のだんごかで、こんなに空気がギシギシするの?」
ロクさんは、長い頭をポリポリかく。
「いつか、だんごも、わしらも、なくなるんじゃよ」
星砂が、ふわりと上に登った。坂の上は、まだ見えない。
だいちゃんは、しゃがんだ。ネズミと目を合わせた。こづちは、まだ上がったままだ。
「もし、ここで見逃せば、次も、また持っていく」
トン、とこづちが空を切った。でも、振り下ろさなかった。えびやんは、階段に腰をおろした。
「ねえ、だいちゃん。きまりって、誰のため?」
だいちゃんは答えない。ただ、だんごの粉を、指で少しこすった。ほていは、ポン、とお腹をたたく。
「腹がグゥってなると、きまりもグラグラするのです」
そのとき、ネズミが、だんごを落とした。ころり、と転がって、階段の真ん中で止まった。だんごは、少しつぶれていた。
びしゃんが、しゃがんだ。槍を脇に置く。
「俺はな、泣き声を聞くと、足が勝手に動く」
ネズミは、チョロ、とあとずさった。べにたんが、ぽろん、とやわらかい音を鳴らす。音は、星砂の中をスルスルと進んだ。おじいは、ずっと黙っていた。坂の上を見上げて、それから、だんごを見た。ゆっくり、ひとつ、うなずいた。
「……半分」
それだけだった。
だいちゃんは、目を閉じた。こづちを、ゆっくり下ろした。だんごを、パキ、とふたつに割った。ひとつを、ネズミの前に置き、もうひとつを自分の手に乗せた。
「きまりは、守る。だが、腹も、守る」
えびやんは、だまって立っていた。鬼の面が、わずかに星砂を弾く。面の内側が、温かい。えびやんは、ひとつ息をついた。カチリ。面は、膝の上に落ちた。笑いは、まだ戻らない。
ネズミは、そっと近づいた。クンクン。それから、かじった。ほていが、にっこりした。
「まあまあ、丸くおさまったのです」
べにたんが、トントンと軽くリズムを刻む。びしゃんも、槍の柄で、コツンと合わせた。トン。ポロン。コツン。坂の上から、光がキラリと落ちた。
えびやんは立ち上がった。ふにゃりと笑った。
「ねえ、だいちゃん。きまりって、かたち、変わるね」
だいちゃんは、半分のだんごを口に入れた。ゆっくり、もぐもぐした。
「順序は、登るものだ」
星砂が、少しだけ薄くなる。坂の上が、ぼんやりと見えた。神さまたちは、また一歩、登った。ネズミは、もう半分をくわえて、チョロリと坂を下りていった。
トン。トン。トン。びしゃんの槍が、リズムを刻む。おじいは最後尾で、静かに坂を見上げた。
「……まだ、続く」
星砂は、ヒラヒラと舞いながら、坂の上へゆっくり流れていった。宝船は、止まっていなかった。ほんの一段分だけ、ちゃんと、登っていたのだった。