『星砂の降る船で』 桜井ジン
第三話
べにたん、びわをエレキに!

 宝船の後ろの方。べにたんは、大きなあくびを一つ、ふわりと吐き出した。膝の上には、古ぼけたびわ。ユラユラと、かすかに揺れる。甲板には星砂がヒラヒラ積もり、欄干の隙間を滑っては、またヒラヒラ戻る。
 糸を弾く。
「ポロン」
 音が一つ、ころりと落ちた。星砂がヒラヒラ、そのあとを追う。音は、すぐに沈む。
「ねえ、これじゃないのよ」
 足先で、山のように積まれた古い楽譜をヒラリと蹴飛ばす。楽譜の表紙には、「お利口な神さまの歌」と書いてある。文字の上にも、星砂がヒラヒラ積もる。えびやんが、ふにゃりと笑って覗き込んだ。
「いいじゃない。ずっと昔から決まっている歌なんだし」
 べにたんは、細い眉をキュッとつり上げる。
「決まってるから、つまんないの」
 立ち上がる。びわの首をグイとつかむ。帆柱の陰で、星砂がヒラヒラ舞う。空気は、どこか止まったまま。だいちゃんは、こづちの角で楽譜をトントン整える。
「順番というものがあるのです」
 ロクさんは、長い頭で楽譜を見下ろす。文字の間を、霧がユラユラ漂う。
「歌とは……どこへ行くのかのう」
 ほていは、お腹をポンとたたき、のんびり座る。
「ポロンも、バシャーンも、寝るにはちょうどいい音さぁ」
 びしゃんは、手元をじっと見る。鎧の指がギシギシ鳴る。
「壊すなら、手伝うぞ」
 おじいは、だまってうちわをパタパタ仰ぐ。星砂がヒラヒラ飛ぶ。
 べにたんは、びわを甲板にドンと置いた。板がコトリと鳴る。星砂がヒラヒラ跳ね上がる。糸を、そっと引く。
「ビン」
 細い音。消える。
「この歌は、もう、おわりなの」
 楽譜をビリビリ破る。紙くずがヒラヒラ宙を舞い、欄干にかかり、またヒラヒラ落ちる。えびやんは、紙くずをパシッとつかんで笑う。
「じゃあ、どんな音にするの?」
 べにたんは、甲板の隅に転がっていた釘を拾う。トントン。びわに打ちつける。木がコツコツ鳴る。星砂がヒラヒラ、その上を流れる。
「こうするの」
 糸を強く弾く。
「ギャーン」
 空気がビリビリ震えた。帆がユラリと動く。星砂が一瞬、止まる。だいちゃんは、眉をピクと動かした。
「規則にない音です」
 べにたんは、ゆっくり言う。
「規則を、作り変えるの」
 帆柱に立てかけてあった雷よけの金属棒を、ズズズと引きずる。甲板に細い跡がつく。星砂がヒラヒラ、その跡を埋める。それを、びわにガチャッとくっつける。糸に触れる。
「ジッ」
 小さな火花。一瞬だけ光る。すぐ消える。目を細める。
「ポロンじゃなくて、これよ」
 船べりに足をかけ、体をグラリと揺らす。星砂がヒラヒラ舞い上がる。深く息を吸う。そして――
「ジャーン!」
 音が空に広がった。雲がブルリと震える。生け簀の魚がバシャーンと跳ねる。欄干がミシリと鳴る。べにたんは、そのひびきを聞いている。誰も見ない。ただ、音の行き先を見る。
 ほていが笑う。
「眠れない音も、たまにはいいねぇ」
 七人が、そっと近づく。床板がミシミシ鳴る。星砂がヒラヒラ足元を流れる。えびやんは、桶をひっくり返してたたく。
「ドンドン」
 だいちゃんは、こづちで柱をトントン打つ。
「コンコン」
 びしゃんは、鎧をガチャガチャ鳴らす。
「ガシャン」
 ロクさんは、長い頭で風鈴をユラユラ揺らす。
「チリン」
 ほていは、お腹をポンポンたたく。
「ボヨン」
 おじいは、板をコツンとたたく。
「コトン」
 音がバラバラに飛ぶ。おじいは、懐から小さな手帳を出した。何か書こうとして、また、そっと閉じた。星砂がヒラヒラその間を縫う。
 べにたんは、もう一度糸を弾く。
「ジャーン」
 今度は、少し低い。音と音が、ゆっくり重なる。ぶつからない。押しつけない。うねりが、できる。べにたんは、微笑む。
「ほら、新しい歌」
 風が吹く。帆が膨らむ。星砂がヒラヒラ舞い、音に乗って踊る。宝船は、ギイ……と鳴きながら進む。海の上に、見たことのないリズムが伸びていく。べにたんは、びわを肩に担ぐ。
「誰かの歌じゃなくて、今の歌」
 えびやんは、空を見上げる。雲の隙間から、音が光になってキラキラ落ちていた。だいちゃんは、破れた楽譜をそっと箱にしまう。
「新しい順番を、考えるのです」
 おじいは、何も言わず、ただうなずく。宝船の甲板には、また星砂がヒラヒラ積もる。その上で、べにたんの音が、ちんまり転がる。古い歌は、紙くずになった。新しい歌は、まだ名前もない。けれど、宝船は、ほんの少し、軽く進んでいた。
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