『星砂の降る船で』 桜井ジン
第四話
頭が長いのはなやみすぎ?

 宝船のまわりは、真っ白な霧でいっぱいだった。海も空も、ドロリと溶けて、混ざり合う。船は一歩も動かず、ただユラユラと浮いている。甲板に、星砂がヒラヒラ積もる。霧の雫が、ポツリと落ちる。
 ロクさんは、船べりに座り、長い頭をポリポリとかいた。
「いつかは……終わるのかのう」
 声は、霧の中へスウと消える。霧の向こうで、波の泡がコポリと鳴っては消える。ロクさんは、それをじっと見つめた。えびやんが、ふにゃりと笑い、隣に座る。
「なにが?」
 ロクさんは、自分の長い影を指さした。影も、霧でにじんでいる。
「全部じゃよ。この船も、この海も、わしたちもな」
 船の時計が、カチリ。重い音が、甲板に落ちる。また、カチリ。霧の向こうに、深い闇がある気がした。ヒラヒラと、手招きをしているようにも見える。
 だいちゃんは、舵をギシギシと握った。けれど船は、ピタリとも動かない。
「順番のうちです」
 べにたんは、霧に向かって糸をポロンと鳴らした。音は、モワンと吸い込まれる。
「まだ、終わらないわ」
 ほていは、甲板にゴロンと横になる。霧がスヤスヤ顔にまとわりつく。そのとき。お腹が、グゥ。霧が、ゆらりと揺れた。
 おじいが、湯のみを持ち上げる。
「お茶があるよ」
 ロクさんは、立ち上がった。霧の中へ、そろりと一歩出る。足元が、ユラリと揺れる。星砂がヒラヒラ、足先をかすめる。長い頭が、少しだけ、にゅうと伸びた。えびやんが、袖をつまむ。
「伸びてるよ」
 ロクさんは、またポリポリとかいた。指先に霧がまとわりつく。
「考えると、伸びるんじゃ」
 船の時計が、カチリ。また、カチリ。だいちゃんは、こづちの角で甲板をトントンとたたく。
「今ではないのです」
 ロクさんは、じっと音を聞く。べにたんは、霧をそっと払った。
「まだよ」
 湯のみが、そっと差し出される。ロクさんは、それを受け取った。湯のみは、温かい。指先が、じんわりする。息を、ふう。湯気がヒラヒラと立ちのぼり、霧と混ざる。
「……温かいのう」
 えびやんが、にこにこして言う。
「ここは、あるね」
 ロクさんは、湯のみを両手で包んだ。長い頭が、少しだけ、縮む。
「いつか消えるからこそ、今が、いとおしいんじゃよ」
 波が、コポリと鳴る。しばらくして、風がそよと吹いた。霧がヒラヒラと、ほどけ始める。遠くに、小さな青がにじむ。船が、ギイと、わずかに動いた。
 ロクさんは、もう一度だけ霧を振り返る。闇は、もう手招きしていない。星砂がヒラヒラ、甲板を滑る。宝船は、ゆっくりと進み始めた。時計が、カチリ。甲板には、薄い水滴が残っている。その上を、七人の足が、ちんまりと動く。船は、まだ、浮いている。それだけで、十分だった。
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