追放された侯爵令嬢の幸せと、彼女を捨てた者たちの末路
第12話 お前は誰なんだ?【将軍視点】
女は、俺の腕の中であっさりと気を失った。
冷えた額。荒れた指先。あのまま放っておけば盗賊に殺されるか、凍えて死ぬか……そのどちらかだっただろう。
「……まったく。無茶な真似をしやがる」
誰にともなくそう呟き、俺は馬に跨ったまま女の体を抱き上げた。
彼女を抱き上げた印象はまず軽い、やせ細っている。きっと、何日もまともに食っていない。
一瞬動きを止めた俺は数分ぐらい考え、考えた末に、夜明け前の月明かりの下、俺は彼女を自邸へと運んだ。
翌朝、医務室で目を覚ました女はまず俺の顔を見るなり身を強ばらせた。
怯え……というよりは、警戒心。戦場で剣を握っている兵士が向けてくるかのような、そういう目だった。
「あの、えっと……ここは?」
「俺の屋敷だ。辺境領エルグレイの北端にある小さな砦。お前は昨夜……盗賊に襲われかけていたのを覚えているか?」
女は、驚いた顔をした後、布団を握りしめながら小さく頷いた。
「そ、そうでした……あの、助けていただいて……ありがとうございます」
言葉遣いが丁寧すぎる。それだけじゃない。姿勢、抑揚、語尾――全てが育ちの良さを隠し切れていなかった。
「……名前は?」
そう問うとほんのわずかだが、女の肩が震えた。
「……【セラ】、と申します」
「姓は?」
「……ありません。ただの旅の者です」
彼女の言葉を聞いてそれが嘘だなと直感した。
それでも、口には出さない。
俺もまた、正体を隠していた過去がある。誰かの過去を無理に暴いてやる趣味はない。
だからこそ、言わなければいけない。
「お前、どこで言葉を習った?」
「……?」
「所作も言葉遣いも素人のものじゃない。王都の令嬢か、教育を受けた貴族の家の出か。違うか?」
女は口を閉ざしたまま、何も言わなかった。ただ、静かに俯いた。
その沈黙が、何より雄弁だったのかもしれない。
(なるほどな……訳ありか)
今までにも、そういう者を何人も見てきた。
戦に巻き込まれ、すべてを失った者たち。貴族の政争に敗れ、身を隠すしかなかった女たち。そしてその多くが、無力さの中で死んでいった。
「はぁ、仕方がねぇ」
「え?」
「……俺の屋敷で、しばらくは匿ってやる。部屋も食事も用意しよう」
「そ……そんな、お世話には……」
「借りを返す気があるなら、働け。俺は身元のわからん女を簡単に屋敷に置く事はねぇ、まぁ、それくらいの筋を通してもらわないとな」
女は目を見開き、そしてすぐに、静かに頭を下げた。
「そう、ですね……はい……お世話になります。働かせてください」
静かに、その瞳はしっかりと前を向いていた。
震えながらも自分の意志で立とうとしている者の目に見えた。
(ああ……いい目をしてやがる)
この辺境で、誰も知らない女が、一体何を背負っているのか。だが――この女が何かを捨ててここに来たことだけは、確信できた。
「じゃあ、今日から【セラ】だ。よく働け」
「……はい」
そうして、訳ありの女は、俺の屋敷で暮らすことになった。
妙に品のある、名もなき女。
その正体は、まだ知る由もない。
けれど――どこか、気にかかる。
(……お前は、誰なんだ?)
まるで探るようにしながら、俺は何度も心の中で女に問いかけていた。
冷えた額。荒れた指先。あのまま放っておけば盗賊に殺されるか、凍えて死ぬか……そのどちらかだっただろう。
「……まったく。無茶な真似をしやがる」
誰にともなくそう呟き、俺は馬に跨ったまま女の体を抱き上げた。
彼女を抱き上げた印象はまず軽い、やせ細っている。きっと、何日もまともに食っていない。
一瞬動きを止めた俺は数分ぐらい考え、考えた末に、夜明け前の月明かりの下、俺は彼女を自邸へと運んだ。
翌朝、医務室で目を覚ました女はまず俺の顔を見るなり身を強ばらせた。
怯え……というよりは、警戒心。戦場で剣を握っている兵士が向けてくるかのような、そういう目だった。
「あの、えっと……ここは?」
「俺の屋敷だ。辺境領エルグレイの北端にある小さな砦。お前は昨夜……盗賊に襲われかけていたのを覚えているか?」
女は、驚いた顔をした後、布団を握りしめながら小さく頷いた。
「そ、そうでした……あの、助けていただいて……ありがとうございます」
言葉遣いが丁寧すぎる。それだけじゃない。姿勢、抑揚、語尾――全てが育ちの良さを隠し切れていなかった。
「……名前は?」
そう問うとほんのわずかだが、女の肩が震えた。
「……【セラ】、と申します」
「姓は?」
「……ありません。ただの旅の者です」
彼女の言葉を聞いてそれが嘘だなと直感した。
それでも、口には出さない。
俺もまた、正体を隠していた過去がある。誰かの過去を無理に暴いてやる趣味はない。
だからこそ、言わなければいけない。
「お前、どこで言葉を習った?」
「……?」
「所作も言葉遣いも素人のものじゃない。王都の令嬢か、教育を受けた貴族の家の出か。違うか?」
女は口を閉ざしたまま、何も言わなかった。ただ、静かに俯いた。
その沈黙が、何より雄弁だったのかもしれない。
(なるほどな……訳ありか)
今までにも、そういう者を何人も見てきた。
戦に巻き込まれ、すべてを失った者たち。貴族の政争に敗れ、身を隠すしかなかった女たち。そしてその多くが、無力さの中で死んでいった。
「はぁ、仕方がねぇ」
「え?」
「……俺の屋敷で、しばらくは匿ってやる。部屋も食事も用意しよう」
「そ……そんな、お世話には……」
「借りを返す気があるなら、働け。俺は身元のわからん女を簡単に屋敷に置く事はねぇ、まぁ、それくらいの筋を通してもらわないとな」
女は目を見開き、そしてすぐに、静かに頭を下げた。
「そう、ですね……はい……お世話になります。働かせてください」
静かに、その瞳はしっかりと前を向いていた。
震えながらも自分の意志で立とうとしている者の目に見えた。
(ああ……いい目をしてやがる)
この辺境で、誰も知らない女が、一体何を背負っているのか。だが――この女が何かを捨ててここに来たことだけは、確信できた。
「じゃあ、今日から【セラ】だ。よく働け」
「……はい」
そうして、訳ありの女は、俺の屋敷で暮らすことになった。
妙に品のある、名もなき女。
その正体は、まだ知る由もない。
けれど――どこか、気にかかる。
(……お前は、誰なんだ?)
まるで探るようにしながら、俺は何度も心の中で女に問いかけていた。