社長の推しは、地味メガネのわたしでした。

あなたと出会えた奇跡

 これですべてが終わった。『花音』はこの世から消える――

 颯真さんの運転する車に乗り、ぼんやりと車窓を眺めながら、そんな事を考える。

 美春が、『花音』が写し出されたスクリーンを蹴破り出てきた時に、すべてを悟った。美春も含め、今回のステージは私の知らないところで綿密な打ち合わせがされていたのだろう。花音引退をファンに納得させつつ、鏡レンナの独り立ちをファンに印象づけるための演出がなされていた。

 それに颯真さんも一枚噛んでいたと見て間違いない。

「ねぇ、颯真さん――」

「なんだい?」

「いつから私が『花音』だって、気づいていたの?」

「そうだねぇ……、いつからだろう。確信を持ったのは、最近なんだよ。ちょうど美春さんがストーカー化したファンに襲われた事件くらいかな。でも、それよりずっと前から『花音』は穂花なんだろうなと思っていた」

 出会った当初からずっと、彼は言ってくれていたじゃないか。穂花と話していると『花音』と話しているような錯覚を覚えると。

 その言葉にどんなに勇気づけられたことか。

 妹の美春ではなく、私を『花音』として認識し、ずっと背中を押し続けてくれた人。彼と出会えたからこそ、劣等感の塊だった私は変わることが出来た。そして、美春や律季の支配から飛び出し、一歩前へ進むことが出来たのだ。

 颯真さんと出会って、たった数ヶ月。それなのに、彼と過ごした日々は、私の人生を大きく変えた。

「――始めは、反発しかなかった。恵まれた容姿を持ち、大財閥の御曹司で、自分の会社の社長。誰もがうらやむ勝ち組の颯真さんが、推し活に協力して欲しいだなんて、馬鹿にされているとしか思えなかった」

「確かに出会いは最悪だったな。社長室に呼び出したまではよかったが、穂花を怒らせたし、終いには間違った推し活の知識を説教されたこともあったな」

「そうそう、あれはひどかった。湯水の如きお金を注ぎ込むことが推し活だと思っていた颯真さんはファン失格でしたよ」

「はは、確かに。あの発言は傲慢だった。穂花に怒られるのも無理ないな」

「それに、ライブに赤の蝶ネクタイに黒のスーツで来るファンなんて、颯真さんくらいです」

「まぁ、あれはライブの作法を知らなかったというか……、俺悪くないだろ」

「ふふふ……でも、時と場所は考えましょうね。あれじゃ、動きにくいったら」

 颯真さんと、こんな風に軽口を叩ける関係になるとは、思ってもいなかった。

 彼と出会って、数ヶ月。劣等感の塊だった私を丸ごと包んでくれた人。そして、私の背中を押してくれた人。

 颯真さんのことを考えるだけで、心が温かくなる。

 もう、この想いを隠さなくても、我慢しなくても、いいんだ。

「颯真さん――――」

「――――穂花、ついたよ」

「えっ? ここって」

「穂花が、変わろうと思った記念すべき場所かな」

 大通りを入り、洒落た店が立ち並ぶ裏路地を抜けた先にある、真っ白な外壁に、黒の大理石調の門扉を構える店を目の前に、涙があふれ出しそうになる。
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