日ノ本時代男子
第七章、いくさば
―――令和◯✕年、滋賀。

談話室の隅にある小上がりに、私は体を小さく丸めて寝転がっていた。

「どうしたの、そんなとこで」

「……あ、江戸くん」

頭上から降ってきた穏やかな声に目を開けると、江戸くんが心配そうに顔を覗き込んでいた。私は重い体をのそのそと起き上がらせ、ぼんやりと窓の外の景色へ視線を逃がした。

「なんか……落ち着く場所がここしかなくて」

「……ふーん」

「準備も覚悟もできているはずなのに、いざ厄災の日が近づいているって考えると……自分で大丈夫なのかなって。一人で抱え込むには重すぎて……」

語尾が震え、消えていく。江戸くんは余計な口挟みをせず、ただ静かに私の目の前へと腰を下ろした。

頭をよぎるのは、伝承に残る厄災の恐ましさだ。山を容易く削り、人家を崩壊させ、あらゆる命と営みをどす黒くかき混ぜて飲み込んでしまう。

対抗するための術や力は授かっている。けれど、もし万が一にも自分が失敗してしまったら―――。

そう思うと、足の震えが止まらない。

私が背負って本当に良かったのか、本当にこれで良いのか、考えても答えが出ない問いをずっと考えている。

「……僕の生涯(しょうがい)は決して孤独じゃなかったと思ってる」

江戸くんはしばらく何も言わず、私を見つめていたが、やがて、遠い昔に想いを馳せるように、ぽつりと口を開いた。

「大火事や飢饉(ききん)、大厄災などあったけど……二百年も続けてきて僕が一人で成し遂げたことなんかないよ。国を存続させることができたのも、同じ方向に一緒に歩いてくれた大名や藩主、幕府の仲間達がいたから得られた経験も多い。大功一つ一つが孤独じゃない証拠になるんじゃない?……まぁ、これは僕の意見。君の答えは自分で見つければ良い」

「……ありがとう」

感謝の言葉を伝えると、江戸くんはふんわりと優しい笑みを浮かべた。

✳✳✳

そんなことがあった数日後。

私は東京の高台にいた。

救急車や消防車などがわらわらと道で混雑している。

「うわー、すげぇ。レスキュー隊に機動隊。プロフェッショナル大集合って感じだね」

平成くんが双眼鏡を片手に柵の上に登って街を見下ろしていた。

「落ちますよ、平成くん」

「あーうん」

明治さんの声に空返事をした平成くん。

――ゴゴ……ッ。

足元から、はっきりとした振動が伝わってくる。

「……来たよ」

平成くんが双眼鏡を下ろす。

遠くの街並みの一角。

立ち入り規制された区域の中心で、黒く濁(にご)った本災が、ゆっくりと地表へ滲み出してくる。

「行ってきます!」

明治さんと平成くんに背を向け、私は本厄のいる現場へと駆け出した。

「気をつけてね〜」

背中で、平成くんの声が遠ざかっていく。

「臨(りん)・兵(ぴょう)・闘(とう)・者(しゃ)・皆(かい)・陣(じん)・列(れつ)・在(ざい)・前(ぜん)」

政府所属の陰陽師達がそれを囲みながら結界を張っている。これで厄災による人的被害を抑えているらしい。

九字が最後まで切られた瞬間、本災の動きが鈍くなった。

私は薙刀(なぎなた)を握り直し、一歩、前へ出る。

足元のアスファルトがひび割れ、冷たい風が吹き上がった。

本災は、もはや形と呼べるものを持っていなかった。

この世の恨みや妬みなどをどす黒く煮詰めたように、歪んでいた。

体がすくみ、思考が凍りつく。

でも、ここで逃げれば、この国はどうなるの?

私は薙刀を握り直した。

一歩、踏み込む。

「ありがとうございます!あとは私が引き受けます!」

刃を横一文字に振るうと、空気が裂け、淡い光が走った。

本災の一部が削ぎ落とされ、黒い霧となって散る。

薙刀は本来、上構えの方が良いらしい。
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