彼と彼女の、最大の不具合
エピローグ
「このデータ、もう一回取り直した方がいいと思うんだけど」
「いや、それやるとスケジュールズレるだろ」
会議室から聞こえてくるのは、相変わらずの言い合いだ。
ホワイトボードの前で腕を組む香坂茉白と、資料を片手にため息をつく右京天音。
その光景は、もはや部署の誰にとってもいつもの風景になっていた。
それがもう、共通認識になっているからだ。
「またやってる」
「いつものことだろ」
そしてもう一つ。
社内のほとんどは、気づいている。
あの二人が付き合っていることを。
最初にその噂が社内に広まった時、全員が「やっぱりね」と言わんばかりの反応だったとか。
決定打はいくつかあった。
いつもの喧嘩でも、ふと目が合うと、慌てるところ。
仕事中なのにやたら呼び方が柔らかい瞬間が増えたこと。
極めつけは、ふたりのときは右京が「茉白」と呼び捨てしてること。
「だからその安全係数だとリスク過剰でコストが合わないって」
「コスト優先しすぎると品質落ちるでしょ」
それでもあの態度なのが、逆に一番の謎だった。
ラボの端で見ていた研究員が、小声で呟く。
「もう少し優しくすればいいのに」
「ふたりきりでも、ああなのかな?」
廊下でそんな声が聞こえることもある。
確かに、会議室の中だけ見ていればそう思うのも無理はない。
だが——。
誰もいない廊下、資料棚の影、エレベーターの中。
ふたりきりになると、その空気は一変する。
「もう、なんで今日もそんなにかっこいいの!?顔見れない!喧嘩しちゃう!うまくいかなかったら、右京くんのせいだから!」
「あのな、俺だって我慢してんの。あんまり可愛いこと言わないでくんない?」
社内での喧嘩は、仕事の形をした衝突。
けれどふたりきりになると、それはただの照れ隠しに変わる。
会議室では一歩も引かないくせに、誰もいない場所では、ほんの少しだけ素直になる。
それを知っているのは、本人たちだけ。