遅かれ、早かれ、恋になりまして。
7:18

”今はもう、全部好きです”


7時10分。

少し高めのヒールを選んで、駅へ向かう。歩いて5分。
電車を待つ間、ポケットからスマホを取り出す。真っ暗な画面を鏡代わりにして、そっと前髪を整えた。

7時18分。ホームに電車が滑り込んでくる。プシューッという音と一緒に扉が開く。

小さく息を吐いてから、一歩踏み出した。乗り込んだその瞬間だった。

向かい側のドア付近。ちょうど真正面。そこに、見慣れた黒いスーツが立っている。無駄のないシルエット。ドアにもたれるようにして、静かに窓の外を見ている横顔。耳には白いAirPods。


「……。」


一瞬、呼吸が止まる。視線に気づいたのか、千春さんがゆっくりこちらを向いた。アーモンド形の瞳が、ふわりと柔らかくなる。そのままAirPodsを外した。


「おはよ」

「おはようございます。やっぱり、この時間の方が空いてますね」

「うん。座る?」


さらりとした提案に、私は首を振る。千春さんは「そう?」と言って、ふっと笑った。

電車が動き出す。窓の外の景色がゆっくり流れていく。

ついこの間まで、向かいの扉に立っていた私が、今は彼の目の前で彼の横顔を見ている。

今まで、私は8時24分の電車に乗っていたが、千春さんが「会えない理由を仕事のせいにしたくないから」と言って、朝比較的空いている時間の電車で待ち合わせすることになったのだ。早起きは正直少しだけ辛い。それでも、その分夜の時間もちゃんと確保できるし、何より――会える。それだけで十分だった。

窓の外を眺めている横顔を、そっと見つめる。すると、不意に視線が合った。


「なに?」


低くて優しい声。その声が、もう好きだと思う。

私を見るときだけ、少しだけ柔らかくなるアーモンド形の瞳も。スラッとした指先も、たまに見せる笑い方も、仕事中の鋭さも。全部。気づいたら、全部だった。


「千春さん」

「ん?」

「最初は、こんなはずじゃなかったのに……今はもう、全部好きです」


一瞬だけ目を瞬かせて、なにそれ、とふっと笑う千春さん。

そんな千春さんを私はもう、ずっと最初から見逃したくないと思っていた。




fin.
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