追放された侯爵令嬢の幸せと、彼女を捨てた者たちの末路

第11話 寒空の中の盗賊

 辺境へ向かう馬車は、まるで私の心をなぞるように寂れた街道を黙々と走っている。
 舗装もまばらな道で、周りは民家など一軒もなく、木々と岩肌ばかりが広がる風景に文明の香りはなかった。
 王都を離れてから、二日が経っていた。
 そして――護衛の兵は、一言の別れもなく、途中の関所で馬車を降りていった。

「ここから先は自己責任です」

 それだけ言い残して。

(……勝手すぎるわね。まぁ、そんな事言える事じゃないけど)

 あの兵の事を思い出しながら静かに息を吐き、馬車を引き、そして老いた馬は疲れ果て、街道の分岐でとうとう止まってしまった。
 どうすることもできず私は毛布と荷を抱えて、徒歩で進むしかなかった。

(これが……私の、現実)

 辺境と呼ばれる理由が、今なら痛いほどわかる。
 冷たい風。痩せた大地。誰もいない。何もない。それに私が何者であれ、ここには関係がない。
 民の声に耳を傾けてきた誇りも、王国の未来を信じて尽くした日々も、もうこの土地ではただの過去の幻だ。
 夜になれば冷え込みは苛烈を極め、風除けの岩陰に身を丸めても眠れず、空腹に耐えながら夜明けを待つ――そんな日が、いくつ続いたろう。

 しかし、そんな環境がすぐに変わる事になる。

 ガサッ、と背後で音がしたので振り向こうとするが、その暇すら与えてはくれなかった。

「お嬢さん、そんなとこで寝るには寒すぎねぇか?」

 にやついた男たちが、暗がりから姿を現した。
 粗末な剣や棍棒を持ち、背丈もごつい。服装は盗賊に違いなかった。

「……通してください」

 私の声は、掠れていた。
 喉が渇いていたのもある。けれど、それ以上に恐怖を感じていたのである。

「礼くらいしてくれてもいいんだぜ? この辺りじゃオレたちが【通行税】取ってるんだ」
「持っているものを全部出しなお貴族様……いや、元お貴族様だったか?」
「え……」

 ――知っている?私が何者だったかを。

「そんなドレスじゃ辺境じゃ浮くんだよ。なあ、売ればいい値になるんじゃねぇの?」
「へへ、どうせ国外追放されたんだろ?なぁに、慰めてやるよ」

 男の一人が私の腕を掴もうとした、その瞬間だった。

 ――風を斬るような鋭い音。

「ぐ……あっ!?」

 盗賊の一人が、声にならぬ悲鳴を上げて地面に転がる。
 胸元に深く突き立つ、見たこともない形の剣。
 一瞬、何が起きたのか全く理解が出来なかったが、別の声が聞こえてきたのはその時だった。

「……人の女に手ぇ出すとは、感心しないな」

 男の声が、背後から聞こえた。
 振り向いた先に、一人の騎士が立っていた。
 漆黒の馬にまたがり、手には血の滴る剣。風を切るような鋭い視線と戦場の硝煙を纏ったような気迫を感じるほどの一人の男。

「お、おい、あれまさか【カイ】、じゃねぇかっ」
「救国の将軍……あの【怪物】がなんでここに……!」

 盗賊たちは一斉に顔を引きつらせ、すぐさまその場から逃げ出した。
 同時に男は、それを深追いすることもなく剣を地面に振って血を払った。
 そして、私を見下ろし、視線を向けた。

「……無事か?」

 その瞳には警戒も侮蔑もなかった。
 ただ、静かに――見極めるような眼差しをしている感じがする。

「……はい、その、命だけは」

 声が震えた。喉の奥が焼けるようだった。
 気が抜けたのか、私はその場に崩れ落ちる。

「……立てるか?」

 頷こうとした瞬間、視界が揺れ世界が傾いた。
 目の前が暗くなる。頭がぼんやりとする。

(あ……もう、限界……だった……)

 倒れゆく私の体を誰かの腕が支えた。
 その腕は、とても温かかい。
 何日ぶりだろう――誰かに、触れられたのは。

「大丈夫だ。少し、眠ってろ」

 その声は不思議と優しく響く。
 辺境の地で、全てを失った私が初めて出会った――たった一人の、救いだった。
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