追放された侯爵令嬢の幸せと、彼女を捨てた者たちの末路
第28話 王都の影、迫る【従者視点】
嫌な報せというのは、だいたい夜明け前に届くものだ。
見張り台からの急使が、まだ薄暗い空の下を駆け込んできた時点で、胸騒ぎはしていた。
「ジーク様!王都の紋章を掲げた騎士団が北街道を越えました!」
その一言で、空気が凍る。
「……正式な通達は」
「あります。辺境領主カイ・ヴァレンティア将軍宛。王命とのことです」
――やはり、来たか。
俺は無言で羊皮紙を受け取り、封蝋を確認する。
王家の紋章――間違いなく本物。
内容は簡潔だった。
――反逆の罪により追放処分となった元侯爵令嬢、セレスティア・アルセインの所在が確認された。
――身柄を確保し、王都へ送還せよ。
(……捕縛、か)
追放で済ませたはずの女を、今さら。
「ジーク様……どうされますか」
若い兵士の声が震えている。
「仕方ないので、将軍に報告します」
それ以外に選択肢はないと感じながら、俺は動き出す。
▽ ▽ ▽
執務室の扉を叩くと、低い声が返る。
「――入れ」
将軍――カイ様は、いつものように机に向かっていた。
だが俺の顔色を見た瞬間、表情がわずかに変わる。
「予想通りに来ました、将軍」
それだけで通じた。
書状を差し出すと、将軍は黙って目を通し、数行読んだところで、空気が変わった。
静かに、だが確実に。
机の上に置かれた拳が、わずかに軋む音を立てる。
「……捕縛だと?」
低い声――間違いなくこれは怒りを押し殺した声だ。
「追放で終わった話じゃなかったのか」
「王都内で派閥が動いたのでしょう。王妃派か、あるいは王太子周辺か……いずれにせよ、正式な王命です」
そのように告げると、将軍の目が、燃えるように細められる。
「辺境にまで手を伸ばすか」
「はぁ……将軍」
俺は一歩、前に出る。
「感情で動けば、向こうの思う壺ですよ?」
静かに告げてみると、将軍の視線がこちらに向く。
鋭いが、理性はまだ残っている。
「兵は動揺しております。『王命に逆らうのか』と」
「まぁ……当然だな」
将軍は椅子から立ち上がい、その動きに空気が張り詰めた。
「ジーク」
「はっ」
「兵を集めろ」
「まぁ、そうなりますよね……承知しました」
あきらめたため息を吐きながら、俺は言われた通りに動き出した。
▽ ▽ ▽
中庭に兵士たちが整列する。
ざわめきは隠せない。
「王都の騎士団が来るらしいぞ」
「捕縛命令だって話だ」
「将軍はどうするんだ……?」
不安が広がる中、将軍が現れた。
ただ立っただけで、空気が変わる。
「――静まれ」
低く、よく通る声だった。
それだけで、ざわめきがぴたりと止む。
さっきまで小声で囁き合っていた兵士たちが、一斉に背筋を伸ばした。
将軍はゆっくりと前へ出る。朝の冷たい風が外套を揺らしているがその足取りに迷いはない。
視線が兵一人ひとりを射抜くように巡る――逃げ場はない。
「王都の騎士団が、北街道を越えた」
その事実だけで、空気が重く沈む。
誰かが小さく息を呑む音がした。
「正式な王命だ」
ざわり、と波紋のように動揺が広がる。
「目的は――セレスティア・アルセインの捕縛だ」
名が明かされた瞬間。
「……っ」
「やっぱりか……」
「本当に、あの人が……?」
抑えきれない動揺が走る。
隊列の端で、若い兵士が拳を握りしめているのが見えた。
困惑、恐れ、そして迷い。
王命という言葉は重い。それに逆らえば――【反逆】だ。
「だがな」
将軍の声が、低く、地を這うように響いた。
一瞬で、視線が集まる。
「ここは、俺の領地だ」
その言葉は、宣言だった。
辺境の空気が、ぴんと張り詰める。
「王都の騎士団だろうと、貴族だろうと――」
ゆっくりと、兵を見渡す。
「俺の許可なく、好き勝手はさせねぇ」
鋭い視線が、一人ひとりを貫く。
迷っていた兵の目が、徐々に変わる。
「全員、俺の命令に従え」
強い声だった。
威圧ではなく、覚悟の声だ。
「王命であろうと何であろうと、辺境の秩序は俺が守る」
その言葉に、ざわめきは消えた。
将軍は一歩、前に出る。
「恐れるな」
静かに、だがはっきりと。
「判断は俺がする。責任も、俺が取る」
その瞬間だった。
兵士たちの迷いが、音もなく崩れ落ちる。
「……はっ!」
「将軍に従います!」
声が揃う。
ああ、これだ。
この人だから、俺たちは従う。
王都でもなく、貴族でもなく。目の前で戦い、守ってきたこの男に。
解散後、兵たちが持ち場へ散っていき、そして俺は将軍の隣に立つ。
「……本気ですか」
「何がだ」
横顔は冷静そのものだ。
「王命に楯突けば、反逆と取られます。将軍の地位も、兵の命も危うくなる」
将軍は、わずかに口元を歪める。
「今さらだろうが」
短い答え。
だが、その瞳の奥には確かな怒りが燃えている。
王都が、辺境を舐めていることへの怒り、守ると決めた女に手を伸ばしたことへの怒り。
「……彼女を連れていかせる気は?」
念のため、問う。
「ねぇな」
即答だった。
一瞬の迷いもない。
そして、低く続ける。
「俺が守ると決めた」
ただ、それだけ。だが、その一言に、すべてが詰まっている。
俺は小さく息を吐く。王都の影が、確実に迫っている。
騎士団は数日以内に到着するだろう。交渉で済めばいいが、最悪は衝突だ。
だが――この辺境で、誰の命が優先されるか。それは、まだ王都が決めることじゃない。
(嵐が来るな、きっと)
冷たい風が頬を撫でる。
それでも将軍が立つ限り、俺たちは退くことはない。