追放された侯爵令嬢の幸せと、彼女を捨てた者たちの末路

第31話 王都の思惑

 剣にかけられた手が、ゆっくりと静止するが、誰も抜かない。
 けれど――多分だけれどあと一言で、抜かれる。
 張り詰めた空気の中、騎士団長が一歩前へ出た。銀の装飾が陽を反射する。

「セレスティア・アルセイン」
「……はい」

 その声は冷たいが、怒りではない。もっと別の何かだ。

「追放処分を受けた身でありながら、王国領内に滞在している事実は認識しているな」
「……はい」

 私は視線を逸らさない。逸らす事はない。
 追放――あの日、私は【国外追放】と宣告されたはずだ。
 だが今、ここは王国の辺境領。つまり――私は形式上、命に背いていることになる。

(でも、それは……)

 私は言葉を飲み込む。
 あの日、私は王都から放逐された。馬車に押し込まれ、国境まで送られた。その後の行方など、誰も確認しなかったはずだ。
 王都の彼らは私を【捨てた】のだ。
 それなのに、今更どうしてそのような声をかけてくるのか理解が出来ない。

「王都はお前の所在を把握した……そして再審理の必要があると判断された」
「え?」

 再審理――その言葉に、胸の奥が強く打つ。

「再審理……ですか?」

 思わず問い返していた。
 それに対し、騎士団長はわずかに目を細める。

「王国の秩序を揺るがしかねない案件だ。処分が軽すぎたとの声もある」
(処分が、軽い?何を言っているの?)

 私は一瞬、呼吸を忘れた。
 軽い?名を奪われ、家を奪われ、未来を奪われた。
 それが、軽いと言うのか?
 背後で兵たちのざわめきが起こ、同時に将軍様の気配がわずかに変わった。

「……軽い、だと?」

 低い声――怒りが、滲んでいる。
 騎士団長は視線を将軍様へ移した。

「王都内で派閥が動いている」

 さらりと告げる。

「前王太子殿下の婚約破棄は、あまりにも唐突だったとする声もある」

 どくんっと、心臓が跳ねた。
 レオンハルト様の名は出ないが、意味は分かる。

「――また」

 騎士団長の声がわずかに落ちる。

「現在の王妃派は反逆の芽を完全に摘むべきだと主張している」

 反逆の芽――それって私は、芽なの?
 冷たいものが背中を伝う。

(ああ、そうか……私は処理しきれていない案件なんだ……王妃様たちにとって……)

 追放だけでは不十分。
 生きている限り、王都の不都合な証拠になり得る。

(抹消、もしくは、完全な裁き)

 息が浅くなる。
 もはや騎士団の人達が言っている事が理解出来ない。
 そのまま、将軍様が一歩前に出る。

「つまり……王都の内輪揉めの尻拭いを、俺にやれと?」

 将軍様の言葉に対し、騎士団長は否定しない。

「王命である以上、私情は挟まぬ」
「はっ……便利な言葉だな」

 将軍様が鼻で笑う。
 私は、その背中を見る。
 あの人は、私の過去を知ったうえで立っている――それでも退かない。

「セレスティア様」

 騎士団長が私を呼ぶ。

「王都へ戻れば、正式な審理が行われる」

 審理。
 審議だって?
 本当に?
 あの日は、何の機会も与えられなかった。

「無実を証明できる機会も、与えられる」

 静かに呟く騎士団長の言葉を聞いた後、理解した。
 私には、()()()()()()()()()の、だと。
 つまり、王城の空気は、正しさではなく【都合】で動く。

「……お断りします」

 静かに、しかしはっきりと言った。
 それでも、騎士団の空気が揺れる。

「私はここで生きています……今さら王都の都合で呼び戻され、再び裁かれる理由はありません」
「それでも、王命だ」

 騎士団長のその言葉を聞いた瞬間、胸の奥で、何かが弾けた。

 ――また、それか。

 王命。
 国のため。
 秩序のため。
 そうやって、私は切り捨てられた。
 そうやって、私は【役目】として消された。
 気づけば、拳が震えていた。

「ならば、なぜ最初から再審理をしなかったのですか?」

 声が、少しだけ強くなると、騎士団長の目が、わずかに鋭くなる。

「追放したはずの女を、半年も放置していたのはなぜですか」

 答えは返らない。
 帰ってきたのは沈黙だ。
 その沈黙が、すべてを物語っていた。
 利用する価値がなかったから。
 放っておいても問題がなかったから。

 ――都合が変わったから。

 その瞬間、胸の奥に溜め込んでいたものが、限界を迎えた。

「……ふざけるな……」

 思わず、言葉が零れる。
 騎士団がざわつき、私は一歩、踏み出した。

「ふざけないでください!」

 いつの間にか、私は叫んでいた。
 自分でも驚くほど、声が響いた。

「あなたたちは……!」

 喉が熱い。視界が滲む。

「私はもう、あなたたちの……王都の【道具】ではありません!」

 息が荒くなる。

「王太子の婚約者という役目も、反逆者という役目も――」

 拳を握り締める。

「都合のいい時だけ使って、不要になれば捨てる……!」

 胸の奥から絞り出すように。

「私は人間です!」

 静まり返る庭。

「利用されるために、生きているわけじゃない!」

 風が吹き抜ける。
 騎士団の隊列が揺れる。
 それと同時に、私の呼吸だけがやけに大きく響いていた。
 将軍様の気配が、すぐ隣で強くなり、そして騎士団長は目を細めていた。

「――帰れ」

 唇を噛みしめ、もう一度何かを叫ぼうとした瞬間、将軍様の声が響いた。

「正式な文書と証拠を揃えて出直してこい」

 将軍様の言葉に、騎士団長が目を余計に細める。

「拒否と受け取る」
「好きに受け取れよ」

 将軍様は一歩も引かない。
 しばしの睨み合いをし、やがて、騎士団長は剣から手を離した。

「……本日は退く」

 ざわり、と空気が緩む。

「だが、王都は諦めぬ」

 その言葉が、刃のように残る。
 騎士団は整列し、ゆっくりと後退を始めた。
 私はその背を見送りながら、胸に手を当てる。
 鼓動が速い。
 怖い。
 でも――

(私は、ここにいる)

 王都が何を企もうと、派閥がどう動こうと、私はもう、声を失わない。
 将軍様が、隣に立つ。

「セラ……大丈夫か?」

 将軍様の言葉に私は、ゆっくりと頷いた。

「はい」

 けれど分かっている。
 これは終わりじゃない。
 むしろ――始まりだ。
 王都は、私を処理しきれていない存在として再び動き始めた。
 そしてきっと今度は、表だけでは来ない。
 私は空を見上げると、雲が、ゆっくりと流れていた。
 嵐はまだ、遠くにあると感じてしまう。

(……何も、これ以上何も起きないと願いたい)

 私は両手を強く握りしめながら、目を閉じたのだった。
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