追放された侯爵令嬢の幸せと、彼女を捨てた者たちの末路

第30話 私は、ここにいる


 ――見張り台の鐘が鳴った。

 乾いた音が空を裂くかのように、まるでそれは合図――来たんだ、王都の騎士団が。
 私の胸の奥が強く脈打つ。
 手が冷たい。けれど、足は震えていなかった。

(……うん、逃げないって決めたでしょう)

 私は深く息を吸い、屋敷の前庭へ向かう。
 向かってみると既に兵たちは整列していた。
 その向こう、黒と金の紋章を掲げた騎士団が門前に並んでいる。

 ――王家の紋章。

 嘗て、私が未来を誓うはずだった場所の印。
 また、胸の奥がひりつく。
 その中央に立つ男が一歩前へ出た。

「辺境領主、カイ・ヴァレンティア将軍」

 すごく冷たい声だった。

「王命である。反逆罪により追放処分となった元侯爵令嬢、セレスティア・アルセインの身柄を引き渡せ」

 突然、私の名を呼ばれて思わず反応してしまった。
 逃げ場は、ない。
 でも――逃げるつもりなんて、最初からない。
 視線の先にいた将軍様が前に出ると同時、外套が風に揺れた。

「……ここは俺の領地だ」

 低い声、それと同時に怒りが露わになっているように見えたのは気のせいだろうか?
 睨みつけるようにしながら、目の前の【彼ら】を見ている。

「俺の許可なく、勝手な真似はさせねぇ」
「なっ……王命に逆らうのか!」
「王命だろうが何だろうが――」

 一瞬、空気が張り詰める。

「この女……セラは俺の屋敷の者だ。引き渡すつもりはねぇ」

 ――心臓が、強く打った。

 自分の名を呼ばれただけだった。
 そう言われただけなのに、胸の奥が熱くなる。
 でも、違う――今回の私は、守られるだけの存在ではない。
 すぐさま足が、勝手に前へ出た。

「……セラ?」

 誰かが小さく呟くと同時に私は隊列を抜け、将軍の隣に立った。
 王都の騎士たちの視線が、一斉に私へ向いているのがわかる――すごく、懐かしい視線だ。
 値踏みする目。
 罪人を見る目。

 ――それでも。

「ごきげんよう、騎士様方……私が、セレスティア・アルセインです」

 はっきりと言った。
 声は、震えていなかった。

「王命により追放された身であることも、承知しています」

 喉が焼けるように熱い。

「ですが――」

 一瞬だけ、将軍様の横顔を見る。
 揺らがない目、それが、唯一の支えだったのかもしれない。

「私は逃げません。逃げる事はしません」

 視線をまっすぐ騎士団へ向ける。

「もう、自分から目を逸らしません」

 王城で何も言えなかったあの日の自分へ。
 広間で俯いたままだった自分へ。

「――私はここにいます」

 はっきりと、言い切る。

「この地で、生きています。働き、笑い、役に立とうとしています」

 胸に手を当てる。

「私が罪人だと言うのなら、ここで問いただしてください」

 声が強くなる。

「ですが――」

 拳を握る。

「私は、何もしていない」

 あの日、言えなかった言葉。初めて、自分のために言った。
 静かに風が吹き抜ける。
 それと同時に騎士団の隊列がわずかにざわめく。
 まっすぐに目を見せながら、目の前の騎士団たちに視線を向けていると、隣から低い声が落ちた。

「――だったら」

 カイ将軍が、一歩前へ出る。

「お前を守る理由ができたな」

 その言葉に、胸の奥が震えた。
 守る理由――命令でも、義務でもない。

 ――私が、自分で立ったから。

 騎士団長が冷ややかに言う。

「――王命に背くと理解しているのか?」

 その小尾t場を聞いた将軍様は、鼻で笑った。

「ハハッ……理解してるぞ?」
「だったら――」
「だが、ここは俺の砦だ」

 剣の柄に手がかかる音が響き、兵たちの気配が変わる。
 嵐の直前の静けさ。それでも、私はもう俯かない。
 震えはあり、怖い。怖くてたまらない。
 それでも――立たなければならない。将軍様の隣で。

(そう、私はここにいるんだ)

 それだけは、誰にも奪わせないと誓いながら、私は拳を握りしめた。
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