愛とか恋とかウザいので

エピローグ

 翌年の九月、萌依と蒼弥の姿は、四国のとある結婚式場にあった。
 入籍一周年の節目に、結婚式を挙げるためだ。
 蒼弥の社会的立場を考えれば、都内で盛大な結婚式を挙げるべきなのかもしれない。だけど蒼弥のほうから、どうせなら萌依の地元で式を挙げようと提案してくれた。
 本人は言葉にしていないが、萌依にはそれが高齢の萌依の祖父母に対しての配慮だとわかっている。
 去年、ハルモニア百周年の式典でふたりの結婚を公表してすぐに、蒼弥は忙しいスケジュールを調整して、萌依と共に四国を訪れ、親代わりに萌依を育ててくれた祖父母に結婚の報告をしてくれた。
 久しぶりに里帰りした孫が、自社の社長を連れてきたことにも、既に入籍を済ませていることにも、祖父母はかなり動揺していた。
 でも蒼弥の人柄と、萌依が幸だということを理解して、ふたりの結婚を祝福してくれた。
 ハルモニア百周年の式典のあの日、萌依の名を騙ってメールを送信していたことを認めた眞希子は、その後は辞職に追い込まれたそうだ。
 娘の失態の責任を取る形で館野常務も辞職し、情報の流出の原因を作った亨介も、地方の支店に転勤となり、いつの間にか十和企興を去ったという。
 萌依が、仁美から聞かされたそういった情報を振り返っていると、花嫁の控え室をノックスする音が響いた。

「お時間になりましたので、ご移動をお願いいたします」

 萌依の返事を待って顔を出した式場のスタッフが、萌依に声をかける。

「はい」

 緊張で少し掠れる声で返事をした萌依は、鏡に映る自分の姿を確認した。
 スカート部分に透明感のある繊細なレースを幾重にも重ねられているチュールタイプのウエディングドレスは、可愛らしいのに凜とした美しさがある。
 一年前の萌依なら、絶対に選ばなかったであろうデザインだ。
 だけど蒼弥と過ごす日々の中で、自分の気持ちで正直であることの重要性を学んだ萌依は、彼との新たな門出を迎える今日、自分の心に正直なってこのドレスを選ぶことができた。

(蒼弥さんを愛して、私は強くなれた)

 そんな思いを噛みしめるように、一歩一歩歩いて行くと、式場のドアの前で自分を待つ蒼弥の姿が見えてきた。

「綺麗だ。惚れ直す」

 萌依の姿を見るなり、蒼弥が言う。
 だけど萌依からすれば、それは自分の台詞だ。
 白いタキシードを着る彼は、いつも以上に凜々しくて、格好よくて、胸がときめくのを止められない。

「私も、同じ気持ちです」

「なにが同じ?」

 萌依がテレながらもそう返すと、蒼弥がそんなことを聞く。

「えっと……蒼弥さんのことを、大好きです」

 萌依が、頬を赤らめつつも正直な想いを言葉にすると、蒼弥は「知ってる」と、茶目っ気たっぷりにウインクした。
 そして萌依に見向けて肘を差し出す。
 萌依がそこに自分の腕を絡めると、スタッフが合図をしてドアを開けた。
 すると式場の中から、一斉に拍手が湧き上がる。
 祭壇で新郎新婦の到着を待つ神父の背後には、日差しを受けて、紺碧の海が煌めいている。
 幸せな瞬間を凝縮したような光景だ。そんな中を、萌依は蒼弥と共に歩き出す。
 萌依にはバージンロードを付き添ってくれる父がいないし、父親代わりの祖父は歩行に不安があるというのでこの演出にした。
 一歩一歩前に進むと、涙ぐむ萌依の祖父母や、そのふたりの付き添いを買って出てくれた仁美の姿が見えてくる。
 ミツセやふたりの先輩秘書の姿もある。
 最初、親しい人だけを招いてアットホームな式にしたいと話した蒼弥に渋い顔をしていた重之も、苦い顔をしつつふたりに拍手を贈ってくれる。
 彼が不満げなのは、招待状を送る際、蒼弥に『来たければ、来ていいですよ』と言われたのが面白くなかったからだろう。
 それでもふたりの結婚を祝うために、出席してくれたことに胸が熱くなる。

「ありがとう。今の俺があるのは、萌依のおかげだ」

 隣を歩く蒼弥は囁く。
 その言葉に視線を向けると、蒼弥が言う。

「自分の人生に不満があったわけではないが、君と出会えたことで、人を愛することの意味を知ることができた」

 愛情を込めた声で囁く蒼弥は、祭壇の前に立つと永遠の愛を誓い、萌依と口づけを交わした。
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