愛とか恋とかウザいので
  ◇◇◇

「全ては、萌依のお手柄だ」

 館野親子の謝罪を受け、すごすごと帰っていくふたりの背中を見送っていた萌依は、自分の肩に手を置く蒼弥へと視線を向けた。

「そんなことないです」

 確かに眞希子を追い詰めるとっかかりを見つけたのは萌依かもしれないけど、一気に解決まで進むことが出来たのは蒼弥のおかげだ。
 蒼弥の予想では、メール送信者である眞希子はもちろん、その父である館野常務も会社での立場を失うだろうということだ。そし図面のデーターを眞希子に渡した亨介も、処分は免れないだろう。
 一気にそこまで事件を解決しただけでなく、彼にはもう一つ企みがあるのだから驚かされる。

「さて、これで賭は俺の勝ちですね」

 蒼弥は重之を向き直ってニヤリと笑う。

「好きにしろ」

 重之が面白くないと言わんばかりに吐き捨てると、蒼弥は、大袈裟に肩をすくめてみせた。

「せっかくですから、孫の結婚を心から祝福してください。萌依のおかげで、今日の式典を一段と盛り上げることが出来るんですから」

「なにを言うか。その女に非がないことは認めてやるが、それでも今日発表する予定だった情報が先に漏れてしまったことには変わりない。せっかくも節目だというのに」

 重之が不満を漏らすと、蒼弥は、その言葉を引き出したかったと言いたげに口角を上げる。

「それもご心配なく。全ては萌依が俺の妻になってくれたおかげです。それと認めたなら、俺の妻をそんな呼び方しないでください」

 そう宣言し、蒼弥は、会場のスタッフに合図を送り、式典の開始を告げた。


 パネルの前に、蒼弥と重之だけを残し、萌依とミツセが会場の隅に移動すると、誘導を受けて招待客が入ってきた。
 賓客の対応を任せていた秘書の塩井と渥美が、萌依たちに気付くと並んで立った。

「いよいよだな」

 これからなにが起きるかを承知している渥美が、心待ちな様子で呟く。塩井の方は、少々呆れ顔だ。
 そんな面々が見守る中、まずは司会者がハルモニアの歴史を簡単に説明して祝辞を述べる。
 それを受けて招待客が拍手する中、マイクが司会者から蒼弥へと渡る。

「ただいまご紹介を受けました、本日はお忙しい中、ハルモニア百周年を祝うためにお越しくださりありがとうございます」

 真面目な顔でハルモニアの社長として来客にお礼を述べた蒼弥は、不意にいたずら好きな笑みを浮かべてこう続ける。

「祝福ついでに、この場で私の結婚をご報告させていただければと思います」

 ニカッと笑う蒼弥の隣で、重之が目を剥いている。
 渋々、好きにしろとは言ったが、こんな形で結婚発表するとは思っていなかったのだろう。
 だけど文句を言おうにも、会場から拍手が湧き上がり、そんな隙を与えてはくれない。
 それをいいことに、蒼弥は展示されているパネルへと歩み寄って話しを続ける。

「ハルモニア百周年を記念した腕時計のデザインを依頼していてミツセ氏に、事前に結婚の報告したところ、友人でもある彼は、心から祝福してくれました。そしてこう言いました……」

 そこで一度言葉を気って、蒼弥は展示されているパネルの右端を摘まむ。
 遠目にはわからないことだけど、パネルは二枚重ねになっていて、右上から紙を引っぱると、右上を頂点に乱暴に紙が剥がれる仕掛けになっている。直角三角形に近い形状で一枚目の紙が破れると、二枚目の絵が一部だけ見えた。
 そこには、文字盤のデザインまでは見えないものの、寄り添うふたつの腕時計が描かれているのがわかる。
 突然のことに驚き、周囲の視線がパネルに集中するのを待って、蒼弥は話しを再開した。

「では是非友人として、ハルモニア百周年記念の腕時計のデザインを、ペアオッチに変更させてほしいと。……詳細はまだ秘密です」

 少しの間を置いて、蒼弥は人差し指を唇に添えて大人の余裕を感じさせる笑みを浮かべる。
 そんなことをされると、一枚目の紙の下にはどんな素敵な秘密が隠されているのかと興味を引かれるけど、その実、まだ見える部分より先にはなにも描かれていいない。
 それにミツセは、蒼弥が今話したような台詞は口にしていない。
 先週、蒼弥に『いっそのことペアオッチとして、デザインを描きなおさないか』と提案されただけだ。その際、蒼弥は『お前が、今以上のものは作れないというなら、諦めるが』と、軽くミツセを煽って、断りにくい状況を作っていた。
 突然の発表に、割れんばかりの拍手が沸き起こる。

「本当に策士だよな」

 周囲の雰囲気に合わせて拍手をするミツセが苦笑する。

「まあ、そういう奴だ。だから一緒にいて飽きないよ」

 そう請け合うのは、渥美だ。

「人生を共にするのは、大変そうですけどね」

 そう言って萌依に同情の眼差しを向けるのは、塩井である。
 それでも三人三様に、蒼弥の人柄に好感を抱き、ふたりの結婚を祝福してくれているのが伝わる。

「萌依」

 壇上に立つ蒼弥がマイク越しに名前を呼ぶと、ミツセが萌依に舞台に上がるよう合図する。
 萌依が近付くと、蒼弥が手を伸ばす。
 彼の手を取って萌依が壇上に上がると、一度は収まりかけていた拍手の音が勢いを取り戻す。
 萌依と目が合うと、重之が苦虫を噛み潰したような顔をしてため息つく。

「やりおった。……嫁として、そいつの手綱をしっかり掴んでおけよ」

 どこか諦め口調で重之が言う。
 そしてぶすっとした表情のまま、拍手をして、ふたりの結婚を祝福してくれる。
 つまり、萌依を蒼弥の妻として認めてくれたのだ。

「ありがとうございます」

 重之に深々と頭を下げた萌依の肩を、蒼弥が抱き、来客の方へと体を向けさせる。

「では改めて、私の最愛の妻を紹介させてください」

 そう話す蒼弥は、紹介すると共に萌依の頬にキスをした。
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