【1話からの長編大賞用】冴えなかった元彼が、王子様に変身して帰ってきた。
第六章:君を手放すつもりはないから
心臓が嫌な音を立てて大きく飛び跳ねた。
世の中はすでにクリスマスという一大イベントを終えて、次は新年を迎えるための準備で忙しなく動いている中、高元のその一言に悠里の足はピタリと止まった。
「今、なんて……?」
「だからさ?奥畑ちゃんと理人って同棲してんのって聞いてんの!」
朝、悠里は理人からクリスマスプレゼントでもらったカシミアのマフラーに顔を埋めて寒さを凌ぎながら出社していた。
社員証を翳してビルの中に入った途端、うしろから軽快なステップを踏みながらやって来たのは高元だった。
〝だって同じマンションから出て来てたじゃん?〟
〝俺、あの隣のマンションの住人だからねぇ。見ちゃったんだよね〟
その言葉を聞いた瞬間、この季節にはそぐわない汗がタラリと額を伝う。
「俺が住んでるマンションのバルコニーから丸見えなわけ。毎朝律儀に少しだけ時間をずらしてエントランスから出てくる二人の姿がさぁ」
その瞬間、悠里は全身の血がサッと足元へ引いていくのを感じた。
周囲に人がいないか慌てて視線を巡らせたあと、震える声で問いただす。
「……誰かに、言いましたか?」
「いや、まさか。俺だって鬼じゃないんだからさ」
動揺の色を隠せていない悠里に近づいて、高元はそっと耳元で囁いた。
「でもさぁ?これ社内の連中が知ったら結構マズくない?今や会社の顔みたいになってるエリートコース真っしぐらの丹波が、実は入社して数ヶ月しか経ってない別部署の女と同棲してるってなるとさぁ?あいつの社内の評価がどうなるか……」
「脅し、ですか?」
「やだなぁ!顔が怖いよ、奥畑ちゃん?ただね、丹波ってどこにいても目立つでしょ?なんてったって王子様、だしね?だからもう少し気をつけたほうがいいんじゃないかなぁって話!」
意地悪く笑う高元の言葉に、悠里は首元のマフラーをギュッと握りしめた。
理人はこれまで誰よりも努力して今の地位を自分の実力で手に入れてきた。それに、今の仕事が楽しいから頑張れていると真っ直ぐに言っていた彼の邪魔になるようなことだけはしたくない。
「ところでさ、またいつものお誘いを悠里ちゃんにしに来たんだけど……」
「……っ」
「今日はさすがに断らないでくれる、よね?」
用意周到な高元の誘いは今に始まったことではなかった。
悠里が入社して間もないころ、同僚である美桜の失敗を見事にカバーしたところを目の当たりにした高元は、それから頻繁に悠里を飲み会やご飯に誘うようになっていた。
悠里はその都度高元を不快にさせないように断っていた。
けれど、今回ばかりはそうはいかないらしい。まるで「はい」以外の答えを出させない高元の誘いに、悠里は小さく頷くことしかできなかった。
「わお、いいね!じゃあ今週の金曜の晩でもいい?俺めっちゃお洒落なバー知ってるからそこ行こうよ」
「……わかりました」