【1話からの長編大賞用】冴えなかった元彼が、王子様に変身して帰ってきた。
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その日の夜。
二人が暮らすマンションのリビングは、外の寒さが嘘のようにあたたかい空気に包まれていた。
夕食の後片付けを終えて、ソファで翌日の仕事の準備をしている悠里の背中に、ふわりと爽やかなシトラスの香りが近づいてくる。
次の瞬間、温かくて大きな体が悠里の背中をすっぽりと覆い隠すように抱きついてきた。
「悠里ちゃん、何してるの?」
肩口に乗せられた理人の頭から、少しだけ濡れた柔らかい髪が悠里の頬をくすぐる。
いつもならこの甘いスキンシップが何より心癒される瞬間だったのに、今の悠里の胸にあるのは重たい罪悪感だけだった。
「あ、えっとね、明日の準備。……理人くんは?」
「俺はこれからちょっとだけ仕事するかなぁ」
「そっか」
「でもその前に……っと」
理人は名残惜しそうに悠里の元から離れると、キッチンから二人がお揃いで使っているマグカップを持ってきた。
ほのかなカカオと甘いミルクの香りが、そっと悠里の鼻を掠める。
「じゃん!いつも頑張ってる悠里ちゃんに、ちょっとしたご褒美です!」
理人から手渡されたのは、もくもくと湯気が立つホットココアだった。
「カフェインレスだから今飲んでも大丈夫なやつだよ。同じ部署の片山さんが飲んでるの見て、悠里ちゃんが喜びそうと思って買ってみた!」
「あ、ありがとう理人くん」
「純ココアって言うんだって。カロリーも控えめらしいから、ちょっと疲れたと思ったらこれ飲んでみてね」
理人の優しさが、今の悠里には少しだけ痛かった。
自分より何倍も大きな仕事をいくつも掛け持っていて多忙なはずなのに、それでも悠里への愛が一瞬でも途切れることはない。
「そうだ、今週の金曜日って悠里ちゃん空いてる?」
「え?」
「もしよかったら、イルミネーション行かないかなって。もうすぐ終わっちゃうイベントらしくって」
「あ……、ごめん!その日、えっと、友達と飲み会の予定があって」
悠里のその一言に、理人の動きが一瞬だけ止まった。
理人に初めて嘘をついてしまったという罪悪感に押しつぶされそうになる悠里。手に持っていたココアのあたたかさが、なんだかやけに熱く感じた。
「そっか、じゃあまた今度にしようね」
「うん、ごめんね……」
「気にしないで?あ、もしその飲み会、遅くなるようなら迎えに行くから遠慮しないで言ってね」
「ありがとう、理人くん」
深く追求されなかったことへの安堵感と、理人への申し訳なさで、悠里は彼の目を見ることができなかった。