執愛隠した策士な御曹司は偽装婚約で激情露わに囲い堕とす
◆終章
五月も後半に入ると気温が高い日が続き、東京は汗ばむ陽気となっている。
千花の直談判を受け、エレナ編集部は怜子に対して聞き込み調査を行ったらしい。
千花が鳳栄社と仕事をする際に窓口となっていたのは彼女だけであり、寄稿した記事の改竄や取材のすっぽかしなどに関して、当初「私は変更する旨をちゃんと伝えた」「佐久田さんは、自分のミスをこちらに押しつけようとしている。フランスで評価されたことを鼻にかけて調子に乗っているに違いない」と言い張っていたようだ。
しかし取材先のブランドが「当初予定していた日時から変更したい旨を、大倉さんから連絡を受けた」と明らかにし、千花のせいではないことが明らかになった。
編集長の村井から厳しく追及された怜子は、最終的に自身のしたことだと渋々認め、「私情で取引先や外部ライターとの信頼関係にヒビを入れたことは、編集部として看過できない」として処分された。
減給の上で編集業務から外され、閑職への異動を命じられた彼女は、居づらくなったのか退職したという。
(奏は出版業界の知り合いを使って、怜子がどういう経緯で退職したのかを他社に周知させるって言ってた。もう二度と編集者としては活動できないだろうな)
怜子が自分に対して激しい嫉妬の感情を抱いていたと知った千花は、複雑な思いにかられる。
大学時代は仲がよかった彼女だが、時の流れと共に別々の生き方を選択したのだから、きっとこれが縁の切れ目だったのだろう。
一方、奏は本社で行われたグループ経営戦略会議で、従兄の聡真が自身に関する悪意ある噂を流布していたこと、彼が秘書の奥村に金を渡してスパイ行為をさせていたこと、さらに経費面で不透明な金の動きがあることを証拠付きで暴露したらしい。
聡真は必死に否定していたものの、その話は監査と現CEOである彼の父親、そして会長の祖父の耳にも入り、社員を統率する資質に欠けるとして降格処分が検討されているようだ。
つまり奏がグループの次期CEOに近づいたことになり、千花は感慨深い気持ちになった。
(目標に着々と近づいていく奏は、本当にすごいな。あれほど忙しくしてるのに疲れを一切表に出さないし、部下への態度にも横柄さがない。そういう謙虚さは、わたしも見習わないと)
一方、千花はオレールのブランドで働くというオファーを正式に断った。
すると彼は「待遇面で不満があるのか」「何か条件があるなら、遠慮なく言ってほしい」と食い下がってきて、千花は迷いのない口調で答えた。
「《ブランドのPRの仕事はとても魅力的だけど、わたし、やっぱりライターである自分が好きなの。いろいろなブランドの新しいアイテムやショーを見ておぼえた感動を、自分の文章で誰かに伝えたいという思いが強いし、もっともっと表現を突き詰めていきたい。だから今回のオファーは、お断りさせて》」
彼から恋愛感情を伝えられていたこともあり、千花が奏とかつて交際していたこと、そして復縁することになったと正直に伝えると、オレールは心配そうに「君はそれでいいのか」と問いかけてきた。
「《彼は財力やコネクションを使い、千花を自身の手元に囲い込もうとしている。一緒にいたら、君は自由を狭められるんじゃないかな》」
「《そのことに関しては、ちゃんと話し合ったから大丈夫。彼は今後、わたしの仕事に干渉しないと約束してくれたから》」
それを聞いた彼は、「だったら僕の出る幕はない」「いつかまた、君の取材を受ける日を楽しみにしてるよ」と告げ、フランスに帰っていった。
オレールの穏やかな物腰、デザイナーらしい繊細な感性は最後まで魅力的で、千花は「いい人だったな」と思い返す。
(もしわたしがフリーだったら、オレールとつきあう可能性があったのかな。……でもわたしは、奏をもう一度好きになってしまった)
晴れて恋人になった奏は優しく、愛情をこまめに伝えてくれる。
彼は自身の伝手で心臓血管外科の権威がいる病院に繋ぎを取り、母親が転院できる手筈を整えた。そこで手術を受けることができれば劇的に体調が回復することが見込めていて、千花はずっと心にあった重圧が軽くなった気がしていた。
(奏との家柄の違いはどうしようもないし、格差が是正されたわけではない。もしかしたら、この先彼の親族に交際を反対されるかもしれないけど……)
奏となら、きっと乗り越えられる。
どうにか妥協点を見つけるべく、二人で努力ができるはずだ。そのためには、いつか胸を張って奏の親族の前に立てるよう、自らの価値を高め続けるしかないのだと千花は考える。
(そうと決まったら、仕事をしよう。これから行く取材先、初めてだから楽しみだな)
出掛ける準備を終えた千花が玄関に向かおうとした瞬間、スマートフォンの電子音が鳴る。
確認すると奏からメッセージがきており、「今夜、仕事が終わったあと迎えに行くから」と書かれていて、思わず微笑んだ。
OKの返事を送信した千花は、足取りも軽く家を出る。そして彼の顔を思い浮かべ、「今日はどんなふうに過ごすのかな」と考えながら、甘い気持ちに満たされつつ駅に向かって歩き出した。
千花の直談判を受け、エレナ編集部は怜子に対して聞き込み調査を行ったらしい。
千花が鳳栄社と仕事をする際に窓口となっていたのは彼女だけであり、寄稿した記事の改竄や取材のすっぽかしなどに関して、当初「私は変更する旨をちゃんと伝えた」「佐久田さんは、自分のミスをこちらに押しつけようとしている。フランスで評価されたことを鼻にかけて調子に乗っているに違いない」と言い張っていたようだ。
しかし取材先のブランドが「当初予定していた日時から変更したい旨を、大倉さんから連絡を受けた」と明らかにし、千花のせいではないことが明らかになった。
編集長の村井から厳しく追及された怜子は、最終的に自身のしたことだと渋々認め、「私情で取引先や外部ライターとの信頼関係にヒビを入れたことは、編集部として看過できない」として処分された。
減給の上で編集業務から外され、閑職への異動を命じられた彼女は、居づらくなったのか退職したという。
(奏は出版業界の知り合いを使って、怜子がどういう経緯で退職したのかを他社に周知させるって言ってた。もう二度と編集者としては活動できないだろうな)
怜子が自分に対して激しい嫉妬の感情を抱いていたと知った千花は、複雑な思いにかられる。
大学時代は仲がよかった彼女だが、時の流れと共に別々の生き方を選択したのだから、きっとこれが縁の切れ目だったのだろう。
一方、奏は本社で行われたグループ経営戦略会議で、従兄の聡真が自身に関する悪意ある噂を流布していたこと、彼が秘書の奥村に金を渡してスパイ行為をさせていたこと、さらに経費面で不透明な金の動きがあることを証拠付きで暴露したらしい。
聡真は必死に否定していたものの、その話は監査と現CEOである彼の父親、そして会長の祖父の耳にも入り、社員を統率する資質に欠けるとして降格処分が検討されているようだ。
つまり奏がグループの次期CEOに近づいたことになり、千花は感慨深い気持ちになった。
(目標に着々と近づいていく奏は、本当にすごいな。あれほど忙しくしてるのに疲れを一切表に出さないし、部下への態度にも横柄さがない。そういう謙虚さは、わたしも見習わないと)
一方、千花はオレールのブランドで働くというオファーを正式に断った。
すると彼は「待遇面で不満があるのか」「何か条件があるなら、遠慮なく言ってほしい」と食い下がってきて、千花は迷いのない口調で答えた。
「《ブランドのPRの仕事はとても魅力的だけど、わたし、やっぱりライターである自分が好きなの。いろいろなブランドの新しいアイテムやショーを見ておぼえた感動を、自分の文章で誰かに伝えたいという思いが強いし、もっともっと表現を突き詰めていきたい。だから今回のオファーは、お断りさせて》」
彼から恋愛感情を伝えられていたこともあり、千花が奏とかつて交際していたこと、そして復縁することになったと正直に伝えると、オレールは心配そうに「君はそれでいいのか」と問いかけてきた。
「《彼は財力やコネクションを使い、千花を自身の手元に囲い込もうとしている。一緒にいたら、君は自由を狭められるんじゃないかな》」
「《そのことに関しては、ちゃんと話し合ったから大丈夫。彼は今後、わたしの仕事に干渉しないと約束してくれたから》」
それを聞いた彼は、「だったら僕の出る幕はない」「いつかまた、君の取材を受ける日を楽しみにしてるよ」と告げ、フランスに帰っていった。
オレールの穏やかな物腰、デザイナーらしい繊細な感性は最後まで魅力的で、千花は「いい人だったな」と思い返す。
(もしわたしがフリーだったら、オレールとつきあう可能性があったのかな。……でもわたしは、奏をもう一度好きになってしまった)
晴れて恋人になった奏は優しく、愛情をこまめに伝えてくれる。
彼は自身の伝手で心臓血管外科の権威がいる病院に繋ぎを取り、母親が転院できる手筈を整えた。そこで手術を受けることができれば劇的に体調が回復することが見込めていて、千花はずっと心にあった重圧が軽くなった気がしていた。
(奏との家柄の違いはどうしようもないし、格差が是正されたわけではない。もしかしたら、この先彼の親族に交際を反対されるかもしれないけど……)
奏となら、きっと乗り越えられる。
どうにか妥協点を見つけるべく、二人で努力ができるはずだ。そのためには、いつか胸を張って奏の親族の前に立てるよう、自らの価値を高め続けるしかないのだと千花は考える。
(そうと決まったら、仕事をしよう。これから行く取材先、初めてだから楽しみだな)
出掛ける準備を終えた千花が玄関に向かおうとした瞬間、スマートフォンの電子音が鳴る。
確認すると奏からメッセージがきており、「今夜、仕事が終わったあと迎えに行くから」と書かれていて、思わず微笑んだ。
OKの返事を送信した千花は、足取りも軽く家を出る。そして彼の顔を思い浮かべ、「今日はどんなふうに過ごすのかな」と考えながら、甘い気持ちに満たされつつ駅に向かって歩き出した。