軍医と傷読みの花嫁 ~閉じこもり薬師は、傷もちの旦那様に愛される〜
22話 離縁



 その日の夕刻。
 凪は小さな風呂敷包みを胸に抱え、将臣の部屋の前で立ち止まった。
 襖の向こうから、紙をめくる静かな音だけが聞こえてくる。
「……将臣様」
 静かに声をかけると、中から「入っていいぞ」と低い声が返ってきた。
 凪はゆっくりと襖を開けた。
 将臣は机へ向かったまま書類に目を落としていたが、凪の姿を見ると手を止めた。
「どうした。その荷物は」
 凪は風呂敷を抱え直すと、まっすぐに将臣を見つめた。
「今日、実家へ行ってまいりました」
 将臣は何も言わず、凪を見つめ返す。
「兄の遺品から……記憶を読みました」
 将臣の指先が、ぴくりと跳ねた。
「兄は……将臣様を恨んではおりませんでした」
 将臣は微動だにせず、言葉も発しない。
 部屋に重い静寂が落ちる。
「それだけではありません。誰一人として……安藤軍医を恨んでいる方はいませんでした」
 凪の絞り出すような一言が落ちた、その瞬間だった。
 将臣の肩が、小さく震えた。そして、俯くと、唇を痛いほど噛み締めていた。

 長い、長い沈黙が流れる。
 やがて、掠れた将臣の声がこぼれ落ちた。
「……そうか」
 その一言だけで、長年胸の奥に押し込めていた重い鎖が、崩れ落ちていくようだった。将臣はゆっくりと目を閉じる。
「桐谷が……そう……伝えたのか?」
 凪が前を見据える。
「……はい」
「……ありがとう。伝えてくれて」
 将臣は泣きそうなのに、どこか救われたように笑おうとしている──そんな顔だった。
 凪も静かに、けれど哀しく微笑んだ。
「ですから……もう、将臣様が責任を負う必要はございません」
 将臣は小さく息を吐き出した。
「ああ……そう言われると、少し楽になる」
 その安らぎの表情を見て、凪はぎゅっと風呂敷を抱き締めた。
(今しかない──)
「……将臣様」
「ん?」
 どこか穏やかな将臣の声。
 凪は一度、長く息を吸い込んだ。
「もう……自由になってください」
 将臣の表情が固まる。
「……自由?」
 凪はゆっくりと頷いた。
「はい」
胸の奥がちぎれるほど痛い。それでも、頬を上げて必死に笑った。
「私たち──」
 今度は、一度だけ短く息を吸う。

「離縁いたしましょう」














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