社長の推しは、地味メガネのわたしでした。

一歩ふみ出す勇気

「本当に、ここでいいの? 一緒に行こうか?」

 颯真さんの車に乗り込み本社ビルを後にした私は、自宅マンションからほど近い公園の側で車を止めてもらう。

 助手席側の扉に手をかけた私のもう片方の手が彼の手に捕まり、キュッと握られる。その引き止めようとするかのような彼の行動に、胸が切なさで痛む。

 美春との対決を前に、緊張が彼に伝わってしまったのかもしれない。

 本当は逃げ出したいほど怖い。

 颯真さんが隣に居てくれたらどんなに心強いかと思う。でも、そんな弱気じゃダメだと叱咤する声も頭では響いているのだ。

 これは、私の問題。誰かに頼っては何も変わらない。

「颯真さん、ありがとう。でもね、一人で解決しなきゃ、私変われない。これからも、問題が起こるたびにあなたに頼ってしまう。そんな弱い私にはなりたくない。だから、見守っていて欲しいの」

「そっか……、わかった。穂花がどんな選択をしようとも俺は、君の気持ちを尊重する。ただ、これだけは約束して。絶対に俺の前から消えないと」

 彼は気づいているのだろう。『花音』の正体に……

 それを知ってなお、私の選ぶ未来を尊重すると言ってくれているのだ。

 『花音』はこの世から消える。引退宣言をした今、それは確定事項だ。しかし、花音の正体を知った彼であれば、引退を引き止めることも出来る。

 それなのに、私の選ぶ未来に口を出さず見守る選択をしてくれた彼の優しさが、心を熱くする。

『颯真さんが好き』

 この言葉が心を満たし溢れ出しそうで苦しい。

――でも、今は言うべき時ではない。

「颯真さん――」

 彼の瞳を見つめ、人差し指を彼の唇へと落とし微笑む。

「――待っていて。必ず、颯真さんに私の想い、伝えるから」

 車の扉を開け、外へ降り立つと一瞬だけ彼を振り返る。瞳を丸くし驚く颯真さんの顔を見て笑みを浮かべると、踵を返し早足で歩き出した。
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