日ノ本時代男子

戦国さん

夏休み五日目。

いつもの図書館。いつものメンバー。

図書館の静かな一角。窓から差し込む午後の柔らかな日差しが、机の上の歴史の教科書を照らしている。

目の前の机で、健太は顔をぐしゃぐしゃにしてうつむき、泣きそうな声でワークの問題を読み上げた。

「問四、戦国武将の中で、キリスト教の布教を許可した人は誰でしょうか?①今川義元(いまがわよしもと)②織田信長(おだのぶなが)③毛利元就(もうりもとなり)④豊臣秀吉(とよとみひでよし)。無理ぃ〜、俺、歴史覚えらんない。戦国武将の名前なんか俺が六十歳になっても使わないって」

「ちなみに問四の答えは?」

「織田信長」

隣に座る朱里は、手に持った漫画から目を離さないまま、健太の腕を軽くつついた。

「黙って勉強しろ」

健太はさらに眉をひそめて続ける。

「風林火山(ふうりんかざん)ってカッコいい……」

など話していると、本棚の間からぬらりと誰かが現れた。

「ちょっと日本史ができるだけで、図書館を我が物のように振る舞うのはやめて頂こうか……」

全員で振り返る。

そこに立っていたのは、ぼさっとした黒髪に、学校指定のカーディガンの男の子。

何となく知っている顔立ちだ。

((((……あれ、誰だっけ?))))

​授業とかで行事の時に見たことがあるような、ないような。思い出せそうで思い出せない絶妙なラインだ。

私たちの間で疑問符が浮かぶ中、委員長だけがすべてを察したように「はぁ……」と深い深いため息をついた。

「織田信長は、我が推しの武田信玄(たけだしんげん)ちゃんの敵だからな!絶対悪いやつ!」

彼はニヤリと笑い、得意げにスマホ画面を突き出してドヤ顔で言い放った。

その画面には、肩より長いウェーブのかかった栗色の髪をハーフアップにして、服装は金と赤を基調(きちょう)にした和装ドレスを着ている可愛らしい女の子が映っていた。

そして、人物名のところには『武田信玄』の文字。

「情報源がまさかのソシャゲ!?」

「名前ごつ……」

「織田信長推しのウチに謝れー」

朱里が珍しくパタンと漫画を閉じ、自分のスマホを取り出して高速で画面をタップし始めた。

「ちょっと待って……あ、いた。信長ちゃん」

画面には、ツインテールにした女の子が映っていた。白を基調としたセーラーワンピースには金の縁取りがされた赤色のリボンが胸元で揺れている。

「お前ら……勉強は……?」

委員長の呟きが、風に消えそうだった。

「リアルの教科書は覚えにくいけど、ソシャゲの信長ちゃんは『桶狭間ノ陣(おけはざまのじん)・炎属性・三連撃』ってスキル名でめっちゃ分かりやすい」

朱里が鼻を鳴らして力説していると、健太がふと何かを思い出したように、カーディガンの男の子の顔をじっと至近距離で覗き込んだ。

「お前……確か……我が校の英雄、宇佐見(うさみ)和希(かずき)だろ!和希だよな!?」

「わー有名人」

「そうだけど。日本史力弱い奴に興味ないから」

「何だよその無造作ヘア!前までスッキリしてただろ!」

「夏休みのイメチェン?」

宇佐見……和希!?

得意な時代は戦国から幕末。歴史の成績上位の人に絡んでいる、あの和希!?歴史の成績上位の人を見つけては、独自の歴史論を戦わせに絡んでいくという、あの……!

​「英雄……? いや、あいつはただいつもネットで妙な知識を仕入れては、こっちの都合も考えずに絡んでくるだけだぞ」

委員長が呆れたように健太に言う。

​「何言ってるんだよ、あいつは自分の好きに真っ直ぐで純粋なんだよ!」

何故かライバルを庇うように負けじと言い返す健太。

「え、つまり、バカ四天王VS歴史好き、てこと!?」

蒼真がまるでバトル漫画の展開かのように声を上げる。

「いやいや、勝負にならないから」

「それな」

​私と朱里は乾いた笑いを浮かべながら、これ以上傷口を広げないためにそっと教科書を閉じた。

「何でそんな自信ないんだよ。お前ら小学生の頃は大体平均七十点くらいだったろ」

委員長が不思議そうに首を傾げた。

「無理。小学生までは真面目だったが、入学の時点で燃え尽きた」

「まー、勉強した方が良いってのは分かる」

「勉学に勤しむことで将来的にリターンが見込めるし、ほぼほぼ不利益ないもんな」

「え、蒼真が学者みたいなこと言ってる」
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