日ノ本元号男子
室町くん
夏の始まりを告げる蝉の声が、校舎の窓を震わせていた。
「……でさ、今年の夏はどうすんの?」
私はハンカチで額の汗をぬぐいながらみんなに問いかけた。
「バカ四天王プラス委員長で、なんかやる?」
「良いね〜」
「勝手に加えるな!」
振り返ったのは、終業式だというのに荷物が少ない委員長。
計画的に持って帰るタイプだったか……!
「良いじゃん。今年の夏、青春しなきゃもったいない」
「具体的には?」
蒼真が問い返すと、朱里は指を一本ずつ折りながら、堂々と宣言した。
「海、プール、肝試し、地蔵盆……」
「電車で彦根行くのもアリ」
「イベント盛りすぎだろ」
「詰め込んでナンボでしょ」
一同が顔を見合わせ、楽しげに笑った。
「地蔵盆、お菓子目当てでいつも行ってた」
「それな」
「公民館とこな」
「もう地蔵盆の季節か〜……」
「まだ一ヶ月前だぞ……」
悠久邸の台所で、私は冷蔵庫の扉を開けた。
中から吹き出す冷気に、一瞬ほっとする。けれど―――
「……アイス、ない」
あれだけ楽しみにしていた、大好きな抹茶バーがどこにも見当たらない。確かに昨日、自分の小遣いで買い置きして、冷凍庫の奥に入れておいたはずなのだ。
外箱には油性ペンで大きく、これでもかと私の名前も書いたのに。
『冷蔵庫に入れた私物は名前を書くこと』っていうルールだって、共有スペースの注意書きに大きく貼ってあるのに……!
犯人は、言うまでもない。あの人しかいない。
「あ、ちょうど良かった」
軽やかな足音とともに、台所へ入ってきたのは、暗めの紫髪の青年・室町くんだった。
ふんわりとした髪と、いつもどこか眠たげで気の抜けた笑顔。
「氷菓子、美味しかったよ」
あっけらかんと、まるで『今日の天気は良いね』とでも言うかのように、彼は私の抹茶バーを食べたことを笑顔で告白した。
「アイス代、返してほしいんですけど……室町くん」
じとっと睨みつけながら言うと、彼はいたずらがバレた子供のように肩をすくめた。
「怒ってるの? ごめん。徳政令でチャラにして」
その言葉に、近くでお茶を淹れていた鎌倉さんがピキリと反応し、鋭い視線を向けた。
「なかったことにするな!」
台所に鋭いツッコミが響いた。
それでも室町くんは飄々としていた。
両手を肩の高さまで持ち上げ、無実を訴えるようなポーズを取る。
「わー、ひどーい。ちゃんと返すってば。あ、そっか、鎌倉くんは御家人を守ろうとしたけど、結局は高利貸しのせいで御家人を余計に苦しませたもんね?室町は分一銭で財源を確保したから、鎌倉くんみたいにヘマしないよ」
ニコッと笑うその顔に、罪の意識はかけらもない。むしろ、『面白いから言っている』というような、軽い悪意がこもっている。
「高利貸しから巻き上げた金銭を財源にしていた奴に言われたくないな」
鎌倉さんの顔が、ぐっと険しくなった。
「徳政令って便利だよね。借金、無効。合法。こんな素敵なシステムを開発してくれて、ありがとうね、鎌倉くん」
「こいつ……!」
ギリ、と拳を握りしめてプルプル震える鎌倉さん。今にも刀を抜きそうだ。
「でも、勝手に食べちゃったのは、僕に非があるよね。ごめんね」
一転して、室町くんはおどけたように頭を下げた。
「だから、これをあげる」
室町くんは着物の懐から一枚の、細長い上質な和紙を取り出して、私の手のひらにそっと乗せた。
「……何、これ?」
紙には、毛筆風の書体で『和菓子の時代』と書かれている。
「室町の時代はね、中国から伝わった饅頭や羊羹、それにポルトガルから来た南蛮菓子が広まって、和菓子文化が花開いたんだよ」
言葉を選ぶように間を置いて、室町くんは続けた。
「お詫びとして美空ちゃんが食べたいもの、何でも奢るよ」
その声にはほんの少しだけ、誠意の色が混じっていた。
「……で、これってどうやって使うの?お店の人に見せれば良いの?」
問いかけると、彼はきょとんと首を傾げた。
「僕のこれは空間と時代を繋ぐ魔法の切符なんだよ」
「え、そうなの!?」
「嘘だよ」
即答で返された。室町くんの薄い唇に浮かぶ笑みは、まるで困惑する私の反応を楽しんでいるようにも見える。
「あ、でも室町時代に行くのは本当。せっかくだし、今から行ってみようか」
そう言うやいなや、室町くんが私の手を取り、室町時代に向かった。
着いた先は、静かで落ち着いた町並み。
町屋風の建物が連なり、道の先には、ちりんと風鈴の音が響いている。
色鮮やかな着物姿の子供達が、小さな団子屋の店先を覗き込み、わいわいと楽しそうに騒いでいた。
「京の水路あたりだよ。まずは、和菓子巡りの定番、饅頭から行こうか」
向かった先の茶屋から、美味しそうな匂いが風に乗って流れてくる。
「あ、女将さん。こんにちは。団子とお饅頭のおすすめのやつ、持ってきてくれるかな?あと、お茶二つ」
「かしこまりました」
着席と同時に注文すると、素早く銅貨を女将さんに手渡した。
もっちりとした皮の中から、ほかほかのこし餡がとろける。
「美味しい!」
「だよねー。 室町時代に中国から伝わったんだよ。点心っていう軽い食事が原型だったって説もあるんだ」
私たちが仲良くお茶をすすっていると、奇麗な着物を着た若い町娘が数人、クスクスと笑いながら私達の傍を通り過ぎていった。
「ねぇ、ちょっとあの男の人、すごく素敵じゃない?」
「そうねぇ……!幕府の方々も格好良いけど、たおやかな魅力っていうか……」
「見るからに身分が高そうだけど、高貴な公家の方かしら」
周囲の黄色いざわめきと視線とは対照的に、室町くんは自分の噂話をされていることに、まるで最初から気づいていないみたいに平然とお茶を飲んでいた。
(室町くん、幕府の人なのに公家文化に染まりすぎて公家扱いされてる……)
何だかアイスのことも、どうでも良くなって怒る気が失せてしまう。
ふと隣の室町くんに視線を移すと、彼は美味しそうにもぐもぐする私を見て、少し嬉しそうな顔をしていた。
「室町くんって、こういう食べ歩き好きなの?」
そう聞いてみると、彼はきょとんとした顔でこちらを見てきた。
作り物のように優美な顔が寄せられて……
「気に入った子を逢瀬に誘い出せて、僕は浮かれているのかもしれないね」
(……!?)
「じょ、冗談……だよね?」
「さぁ、どうだろうね?」
掴みどころのない、意地悪で綺麗な笑みを浮かべたまま、室町くんは残りの団子をパクッと大きな口で頬張る。
その夜、悠久邸の冷凍庫には、抹茶バーが五本分きっちり補充されていた。
箱の端には、達筆な毛筆文字でこう書かれていた。
『徳政令、撤回につき。 室町』
「……でさ、今年の夏はどうすんの?」
私はハンカチで額の汗をぬぐいながらみんなに問いかけた。
「バカ四天王プラス委員長で、なんかやる?」
「良いね〜」
「勝手に加えるな!」
振り返ったのは、終業式だというのに荷物が少ない委員長。
計画的に持って帰るタイプだったか……!
「良いじゃん。今年の夏、青春しなきゃもったいない」
「具体的には?」
蒼真が問い返すと、朱里は指を一本ずつ折りながら、堂々と宣言した。
「海、プール、肝試し、地蔵盆……」
「電車で彦根行くのもアリ」
「イベント盛りすぎだろ」
「詰め込んでナンボでしょ」
一同が顔を見合わせ、楽しげに笑った。
「地蔵盆、お菓子目当てでいつも行ってた」
「それな」
「公民館とこな」
「もう地蔵盆の季節か〜……」
「まだ一ヶ月前だぞ……」
悠久邸の台所で、私は冷蔵庫の扉を開けた。
中から吹き出す冷気に、一瞬ほっとする。けれど―――
「……アイス、ない」
あれだけ楽しみにしていた、大好きな抹茶バーがどこにも見当たらない。確かに昨日、自分の小遣いで買い置きして、冷凍庫の奥に入れておいたはずなのだ。
外箱には油性ペンで大きく、これでもかと私の名前も書いたのに。
『冷蔵庫に入れた私物は名前を書くこと』っていうルールだって、共有スペースの注意書きに大きく貼ってあるのに……!
犯人は、言うまでもない。あの人しかいない。
「あ、ちょうど良かった」
軽やかな足音とともに、台所へ入ってきたのは、暗めの紫髪の青年・室町くんだった。
ふんわりとした髪と、いつもどこか眠たげで気の抜けた笑顔。
「氷菓子、美味しかったよ」
あっけらかんと、まるで『今日の天気は良いね』とでも言うかのように、彼は私の抹茶バーを食べたことを笑顔で告白した。
「アイス代、返してほしいんですけど……室町くん」
じとっと睨みつけながら言うと、彼はいたずらがバレた子供のように肩をすくめた。
「怒ってるの? ごめん。徳政令でチャラにして」
その言葉に、近くでお茶を淹れていた鎌倉さんがピキリと反応し、鋭い視線を向けた。
「なかったことにするな!」
台所に鋭いツッコミが響いた。
それでも室町くんは飄々としていた。
両手を肩の高さまで持ち上げ、無実を訴えるようなポーズを取る。
「わー、ひどーい。ちゃんと返すってば。あ、そっか、鎌倉くんは御家人を守ろうとしたけど、結局は高利貸しのせいで御家人を余計に苦しませたもんね?室町は分一銭で財源を確保したから、鎌倉くんみたいにヘマしないよ」
ニコッと笑うその顔に、罪の意識はかけらもない。むしろ、『面白いから言っている』というような、軽い悪意がこもっている。
「高利貸しから巻き上げた金銭を財源にしていた奴に言われたくないな」
鎌倉さんの顔が、ぐっと険しくなった。
「徳政令って便利だよね。借金、無効。合法。こんな素敵なシステムを開発してくれて、ありがとうね、鎌倉くん」
「こいつ……!」
ギリ、と拳を握りしめてプルプル震える鎌倉さん。今にも刀を抜きそうだ。
「でも、勝手に食べちゃったのは、僕に非があるよね。ごめんね」
一転して、室町くんはおどけたように頭を下げた。
「だから、これをあげる」
室町くんは着物の懐から一枚の、細長い上質な和紙を取り出して、私の手のひらにそっと乗せた。
「……何、これ?」
紙には、毛筆風の書体で『和菓子の時代』と書かれている。
「室町の時代はね、中国から伝わった饅頭や羊羹、それにポルトガルから来た南蛮菓子が広まって、和菓子文化が花開いたんだよ」
言葉を選ぶように間を置いて、室町くんは続けた。
「お詫びとして美空ちゃんが食べたいもの、何でも奢るよ」
その声にはほんの少しだけ、誠意の色が混じっていた。
「……で、これってどうやって使うの?お店の人に見せれば良いの?」
問いかけると、彼はきょとんと首を傾げた。
「僕のこれは空間と時代を繋ぐ魔法の切符なんだよ」
「え、そうなの!?」
「嘘だよ」
即答で返された。室町くんの薄い唇に浮かぶ笑みは、まるで困惑する私の反応を楽しんでいるようにも見える。
「あ、でも室町時代に行くのは本当。せっかくだし、今から行ってみようか」
そう言うやいなや、室町くんが私の手を取り、室町時代に向かった。
着いた先は、静かで落ち着いた町並み。
町屋風の建物が連なり、道の先には、ちりんと風鈴の音が響いている。
色鮮やかな着物姿の子供達が、小さな団子屋の店先を覗き込み、わいわいと楽しそうに騒いでいた。
「京の水路あたりだよ。まずは、和菓子巡りの定番、饅頭から行こうか」
向かった先の茶屋から、美味しそうな匂いが風に乗って流れてくる。
「あ、女将さん。こんにちは。団子とお饅頭のおすすめのやつ、持ってきてくれるかな?あと、お茶二つ」
「かしこまりました」
着席と同時に注文すると、素早く銅貨を女将さんに手渡した。
もっちりとした皮の中から、ほかほかのこし餡がとろける。
「美味しい!」
「だよねー。 室町時代に中国から伝わったんだよ。点心っていう軽い食事が原型だったって説もあるんだ」
私たちが仲良くお茶をすすっていると、奇麗な着物を着た若い町娘が数人、クスクスと笑いながら私達の傍を通り過ぎていった。
「ねぇ、ちょっとあの男の人、すごく素敵じゃない?」
「そうねぇ……!幕府の方々も格好良いけど、たおやかな魅力っていうか……」
「見るからに身分が高そうだけど、高貴な公家の方かしら」
周囲の黄色いざわめきと視線とは対照的に、室町くんは自分の噂話をされていることに、まるで最初から気づいていないみたいに平然とお茶を飲んでいた。
(室町くん、幕府の人なのに公家文化に染まりすぎて公家扱いされてる……)
何だかアイスのことも、どうでも良くなって怒る気が失せてしまう。
ふと隣の室町くんに視線を移すと、彼は美味しそうにもぐもぐする私を見て、少し嬉しそうな顔をしていた。
「室町くんって、こういう食べ歩き好きなの?」
そう聞いてみると、彼はきょとんとした顔でこちらを見てきた。
作り物のように優美な顔が寄せられて……
「気に入った子を逢瀬に誘い出せて、僕は浮かれているのかもしれないね」
(……!?)
「じょ、冗談……だよね?」
「さぁ、どうだろうね?」
掴みどころのない、意地悪で綺麗な笑みを浮かべたまま、室町くんは残りの団子をパクッと大きな口で頬張る。
その夜、悠久邸の冷凍庫には、抹茶バーが五本分きっちり補充されていた。
箱の端には、達筆な毛筆文字でこう書かれていた。
『徳政令、撤回につき。 室町』