日ノ本時代男子
図書館から帰ってきて、何となく足を向かわせたのは食堂だった。

そこにはすでに先客がいて。

薄い緑色の長髪を緩く結っており、白色の着物に紺色の袴姿―――戦国さんだ。

「戦国さん、こちらにいらしていたのですか」

明治さんが声をかけると、戦国さんは少し照れた様子で私達を見た。

「少し小腹が空きまして」

そう言いつつ、目の前にはどんぶりがずらり。

その数、明らかに小腹の範囲を超えている。

「戦国さん、凄い……特に食べる量が」

戦国さんは向かいの席で、一人嬉しそうにご飯を頬張っている。机いっぱいに置かれた大量のどんぶりを次から次へと片付けていく。

「美空さんも食べますか?美味しい物を食べると幸せな気分になりますわ」

スススと、どんぶりを私の前に移動させる戦国さん。

(うっ、美味しそう……。家に帰っても両親は海外出張でしばらくいないし、ここでご馳走になっちゃお!)

「いただきまーす」

お箸を手に取り、どんぶりの蓋を開ける。中身はとんかつの上にとろっとろの卵が乗ったカツ丼だった。

「いやぁ……よく食べますね……本当に凄い」

明治さんと私は、もぐもぐと幸せそうに口を動かす戦国さんを見ながら感心して呟く。やがてその熱い視線に気づいたのか、戦国さんはふと箸を止めて私を見つめた。

「あ……っ、私なにか変な顔しているでしょうか?」
その少し不安そうな言葉に、私はブンブンと首を振って否定した。

「食べている時の戦国さんって、幸せそうだな〜って、私も食べている時、めっちゃ幸せだから……共通点見つけたような気持ちで……えーっと、うーんっと」

頭を捻っても、上手く言いたいことが言葉に整理できない。なんだか日本語が変になっていく。

う〜んと私が頭を抱えていると、戦国さんは目を細めて、ふふっと嬉しそうに笑って答えた。

「はいっ、共通点ですわ!」

​やがて机に置かれたどんぶりが全て綺麗に空になると、明治さんがお茶をすすりながら「今日の先生は戦国さんですね」と口を開いた。

「はっ、そうでしたわ!今すぐ行きましょう」

ハッと驚いたような声を上げる戦国さんは、壊れ物を扱うみたいにそっと私の手を掴む。

✳✳✳

ゆっくりと落ち着いたところで目を開けると、そこは見知らぬ景色だった。

広々とした城下町の通り。木造の家々が軒を連ね、大通りには商人達が商(あきな)いに勤しんでいた。食料品から生活雑貨に至るところまで売られている光景が珍しくて、ついキョロキョロしてしまう。

「ここは城下町ですわ」

戦国さんが誇らしげに頷く。

「ようこそ、私の時代へ。まず始めに、城下町とはお城の麓(ふもと)に広がる町で、武士や商人、職人が集まって暮らしている場所なんですの」

通りには色鮮やかな提灯やのれんがかかり、店の前ではねじり鉢巻をした商人達が「安いよ安いよ!」と元気な声を張り上げている。

「戦国さん、これ……何ですか?」

「松風(まつかぜ)ですわ!松風は小麦粉、砂糖、麦芽飴(ばくがあめ)、白味噌などを混ぜて焼いた和風カステラのようなお菓子で、日持ちもいたしますから、武士が遠出や戦に赴(おもむ)く際にも重宝されましたのよ」

手に取りかじると、甘さが口の中に広がった。

「美味しい……!」

「喜んでもらえて嬉しいですわ。明治さんは何か気になる物、ございましたか?」

「城下町は栄えていますね」

「ええ、盛り場なのです。明治さんの時代で言えば……浅草(あさくさ)ですわね」

「なるほど、理解しました!」

明治さん、即答。

「もう夏ですから、悠久邸に帰ったらこれでかき氷なる物を作ってみましょう!」

戦国さんがニコニコ笑顔で取り出した竹筒(たけづつ)には、蜂蜜(はちみつ)のような液体が入っていた。

「これは『甘葛(あまづら)』と言いまして。とても貴重な代物で……貴族や大名の間でしか味わえませんでしたの。果物や団子にかけたり、薬と一緒に服用したり……はわぁ、早く食べたいですわ〜!」

戦国さんはうっとりと甘葛を眺めた。

美味しいお菓子を食べ終わると、戦国さんは「次は食べた分だけ運動しましょう!」と、少し開けた場所へと案内してくれた。

「運動って何するんですか?」

「ふふ……武芸の基本である弓術、ですわ!」

​まずは手本として、戦国さんの弓裁きを見させてもらうことに。

すっと和弓を構え、鋭い視線で的を見据える。

ターン!

乾いた破裂音とともに放たれた矢は、一筋の光のようになって真っ直ぐに飛び、遠く離れた的の真ん中へ吸い込まれるように命中した。

「私、弓には覚えがありますゆえ、私で良ければ指南(しなん)いたしましょうか?」

「はいはーい!私もやってみたいです!戦国さんみたいにカッコよく出来ますか?」

「ええ!本気で教えますゆえ、ついて来て下さいませ!」

​そうして、初めて手にする大きな和弓に戸惑いながらも、戦国さんの熱心な指導の元で挑戦してみることになったのだが……。

「弦が硬くて腕が痛いです……!」

「あ、あら……。私のを使いますか?使い込んでいますので、よく伸びますわ」

✳✳✳

その夜。

私は練習場の床に、文字通り白目を剥いてぶっ倒れていた。

「あ、あぁ……痛い。背中の筋肉が三年分くらい動いたよ……」

生まれたての小鹿のようにピキピキと震える私を見下ろしながら、戦国さんは片手に何個目か分からない松風をモグモグ食べつつ尋ねてきた。

「私の時代は、どうでしたか?」

「戦国さんって、苦労したんですね……」

ガシッ!と、凄まじい力で戦国さんに両手を掴み取られた。床に寝たままホールドされる私。

「美空さん!私の苦労など過去の出来事!これから荒波(あらなみ)に挑む美空さんの方が大変なのですよ。辛い時には私達がついていることを忘れないで頂きたく!特に私を忘れないで頂きたく。私は傍におりましてよー!」

やや興奮気味に早口になった戦国さん。
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