日ノ本時代男子

元号達と食べ放題

……あれ、何で焼肉屋に来てるんだっけ……?

​煙と網から立ち上る香ばしい匂いの中で、私は思わず遠い目をした。

記憶を遡ること、ちょうど一週間前。

「肉食いたいよな。よし、焼肉しに行こーよ!」

平成くんがスマホを掲げて、みんなに見せびらかすようにしながら回した。画面には、サシの入った見事な霜降り肉がこれでもかと映し出されている。

「牛の焼肉……でありますか」

「牛鍋と違うのでしょうか?」

不思議そうに首を傾げる安土桃山くんと明治さんに、平成くんは得意げに説明する。

「そう!焼肉!網の上でお肉をジュージュー焼いて、次々と熱々を食べるんだ!」

その言葉に反応したであろう昭和くんもワクワクしながら、スマホの焼肉画面を覗き込む。

「しかも食べ放題!三千円で腹いっぱい食えるんだよー!」

「三千円かー……そのお店潰れるよ〜」

大正くんがヘラヘラしながら手をブンブン振る。

「面白そうだな!」

最終的に奈良さんの「よし行こう!」というひと言で、行くことになった。

✳✳✳

〜焼肉屋〜

ガヤガヤとした店内の奥、私達が陣取ったボックス席には、網を囲むようにしてカルビ、ロース、タン、ホルモン……とお肉の皿が信じられない密度で所狭しと並べられていた。

あまりにも人数が多いので、今回は三つのテーブルに分かれて座ることに。

縄文くん、弥生くん、古墳くん、飛鳥くん、奈良さん、平安さんの『古代グループ』

鎌倉さん、南北ツインズ、室町くん、戦国さん、安土桃山くんの『中世グループ』

江戸くん、明治さん、大正くん、昭和くん、平成くん、私の『近代~現代グループ』

「じゃ、焼こ焼こ〜」

「どうやって焼くんだ?」

「このトングを使って〜」

「トング?この箸みたいなやつのことか?」

「そうそれ〜!奈良さんナイス〜」

奈良さんがカチカチと楽しそうにトングを鳴らし、それを見て平成くんと昭和くんが「こうやるんだぜ!」と手際よく肉をひっくり返して実演してみせる。

「牛を殺して……食べる」

お隣の席では、江戸くんが網の上でジュージューと音を立てて焼かれるお肉を、どこか怪訝そう、かつ複雑な表情で見つめていた。

確か、江戸時代は『生類憐(しょうるいあわれ)みの令』があったんだよね。

江戸くんがショックで気絶しないか心配していると、古代グループのテーブルから早くも大歓声が上がった。
「美味しい……!」

「んん〜!うまかー!」

「これめっちゃ美味いやん!何でこんな美味いやつ禁止したんや?」

​縄文くん、弥生くん、古墳くんからは文句なしの超高評価。

「仏教の影響なのですよー!」

実際に肉食禁止令を出した張本人である飛鳥くんも、罪悪感ゼロでウキウキしながらトングでお肉をひっくり返している。

「面白そうやわぁ。どれ、一枚焼いて……」

飛鳥くんの隣で、平安さんも上品にトングを片手に初挑戦。しかし、長いお袖が邪魔をする上に力加減が分からないのか、カチカチと虚しく音が鳴るばかりで一向にお肉が掴めない。

「上手く掴めないですねぇ」

「壊れてんちゃん?」

「こっちは菜箸(さいばし)を使ってるよー」

「箸はやっぱり良いな……」

トングを早々に諦め、マイペースに菜箸でお肉を回収していく南北ツインズ。

一方、一番体力を使いそうなメンツが集まる中世グループのテーブルには、あらかじめ一番多めにお肉の皿が運ばれていたはずなのだが、気づけば皿が全て空になっていた。

「沢山あったはずなんだが……」

​鎌倉さんは信じられないといった様子で空のお皿を見つめ、それから、凄まじい速度でアゴを動かしているある人物へと鋭い視線を向けた。

「戦国か!」

戦国さんは箸を動かす速度が速すぎて、もはやお肉も箸も見えない。

「大食大飲(たいしょくだいいん)は健康の仇、食事は適量が肝心ですわ。焼肉、初めて食べましたけど、すごく美味しいですわ!」

言葉とは裏腹に、お肉を口に運ぶスピードは全く落ちていない。というか加速している。

(す、凄い……。普通に一人前を食べるスピードでどんどん吸い込まれていく……)

「と、取れないよ〜」

「取れない……!」

「戦国公の箸が早すぎて見えないであります」

「戦国!」

とうとうしびれを切らした鎌倉さんが戦国さんに言った。

「肉……肉をくれないか……?南と北、室町や安土桃山にも食わせてやれ」

「鎌倉くん鎌倉くん、僕は別にデザートがあれば十分だよ」

「あ、あら、すみません。私一人で食べてしまって……」

戦国さんは恥ずかしそうに頬を染めてパッと箸を置くと、傍に立て掛けてあったタッチパネルとメニュー表を手に取り、ものすごく真剣な顔で呟いた。

「ちょっとお肉の量、少なかったですわね」

「……は?」

予想していなかった斜め上の言葉に、さすがの鎌倉さんも完全にフリーズしている。

まー、戦国さんは小腹が空いたからって言って、どんぶりを数個食べるような人だもんなぁ……。

そして私のグループは―――

「じゃあ次のお肉焼くよー!」

平成くんが先陣切ってお肉を焼き、それに興味を持った昭和くんがトングでひっくり返す。

「やっと一枚焼けた……」

花がほころんだような笑顔になる昭和くん。

「あ、昭和ー!そのお肉美味しそ〜」

横から一瞬の隙を突いて焼き上がったお肉を奪う大正くん。昭和くんは「た〜い〜しょ〜う〜!!」と激怒して、大正くんの胸ぐらを掴んでガクガクと前後に揺さぶっている。お肉の恨みは恐ろしい。

そんな騒がしい周囲を他所に、網の上でジュウ、と小さく音を立てるお肉を、江戸くんはじっと見つめていた。

何か深い歴史の荒波でも考えるようにじっと見つめてから、タレをたっぷりつけたお肉を、自分の白米の上に、そっと一枚乗せた。

そして意を決したように口へ運ぶ。

「美味しい……」

「でしょ!」

隣でネギ塩上タンを食べていた平成くんが、なぜか自分が褒められたかのようにドヤ顔をキメる。

江戸くんはそれ以上は何も言わなかったけれど、お肉の美味しさに目覚めてしまったのか、黙々箸を動かし始めた。

さっきまで遠慮がちだった茶碗のご飯が、さっきより少しだけ早いペースで空になっていくのが分かる。

「思ったよりは美味(びみ)やったねぇ」

「ええ、牛鍋も美味しいですよ」

「上カルビおかわり!」

「平成、野菜もちゃんと食べろ」

「鎌倉さん、焼肉食べ放題に来てまで野菜食べる訳ないじゃん!」

「サイドメニューで釜飯(かまめし)もあるって……」

「種類豊富やな」

「若人、もっと食え、たんと食え!遠慮する必要はないぞー」

「お肉入れすぎじゃないですか!? 溢れる溢れる!」

お肉をひとしきり堪能(たんのう)した後は、次第にメニュー表もデザート欄をめくっていた。

「アイス頼もうよ!」

「良いねそれ」

​平成くんが元気良くタッチパネルを操作すると同時に、お隣の室町くんはもう職人のような真剣な顔つきで画面をスクロールし、パフェを選び始めていた。

「このめろんそーだ?は飲み物の上に氷菓子が乗ってるのですよー!」

「美味そうやな!」

「私はお茶で十分やわぁ」

「美味しい!」

「室町がずっと食べる理由が分かった気がする」

​南朝くんはとろけるプリンを、北朝くんは濃厚なベイクドチーズケーキを幸せそうに食べていた。

なんだかんだで仲が良くて、見ているこっちまで平和な気持ちになる。

「この白いの……ミルクの味がしますわ」

「白いのはバニラだよ。バニラと抹茶ほしい」

​戦国さんは感心したように深く頷きながら、すでに空になったパフェの器を前に、ごく自然な動作でもう一度メニュー表へ手を伸ばす。

そしてその隣では、室町くんも当然の権利のように追加のスイーツを連打注文していた。

「ほどほどにしなさい」

ついには見かねた鎌倉さんが、二人の手から没収とばかりにメニュー表とタッチパネルを取り上げる始末だった。


「えーっとお会計で―――」

レジに立つ店員さんが伝票を見た瞬間、目が泳ぎ始めた。

「し、失礼……します」

店員さんは合計伝票を見つめ、唇を震わせた。

「あ、あの……お肉の大皿が、全部で、ひ、百六十人前……。デザートが……よん、四十皿……えっと……。しかも、網の上の焦げ以外、全部完食されて、ますよね……?」

……いや、そんなに食べたの!?

全体の人数が多いとはいえ、明らかに戦国さんと室町くんの二人がメーターを爆上げしていた。皿の数じゃなくて『何人前』という単位で百六十って、一体何キロの肉が彼らの胃袋に消えたんだろう……。

「あ、あの……」

店員さんがついに涙を零した。

「アイス無料券を差し上げますので……っ……で、出禁にしても宜しいでしょうか?」

「……潰れないよね……このお店」

小声で呟く私。

「あはは……う、うん、全国チェーンだから、きっと、多分大丈夫だよ……」

平成くんは笑顔で答えてくれたけれど、その笑みは引きつり、額からは冷や汗が流れていた。

店員さんはアイス無料券を私達全員に差し出したまま、深く、深く頭を下げている。

(……次は、食べ放題じゃない所にしよう。あ、でもそしたらお財布が痛くなるか……)
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