日ノ本元号男子
第四章、近代国家の幕開け

明治さん

「明治時代の初期について知りたいです!」
「最近やけに勉強熱心じゃないか。感心感心」
カウンター席に座って、大粒のブドウを器用に口へ運びながら、奈良さんがこっちを向いた。
気になる時代はあるか?と聞かれ、今に至る。
「いや〜、私も自分で調べているんですけど、そこら辺ごちゃごちゃしていて分かりにくくて」
そこへ、お盆を片手に通りかかった明治さんが「あはは……」と苦笑いしながら参戦してきた。
「お恥ずかしいですが、あの時はごちゃごちゃしていて正直どう説明したら良いのか分かりません……」
「あ、現実でもごちゃごちゃしてたんだ」
「なにせ短時間でやらなければいけないことが多々ありまして」
明治さんは『列強チュートリアル』とタイトルが書かれた紙を渡してきた。
​そこには、シルクハットをかぶった西洋の男性が、ふんぞり返って笑っている絵が描かれている。
『うちの国と対等に取り引きしたいだって?あんたらのことは気に入ってるが、こっちも慈善(じぜん)事業じゃないんでね。このリストをコンプリートしたら、一人前と認めて国際社会の土俵に上げてあげよう!』
そんなセリフの吹き出しの下に、気の遠くなるようなチェックリストが並んでいた。
・大きくて自由な港を開こう
・流通網を確保しよう
・インフラを整備しよう
・鉄道を敷こう
・教育に力を入れよう
・近代産業を取り入れよう
・輸出できる商品を沢山作ろう
・軍隊を作ろう
などなど。上げだしたらキリがない量の項目の数々。
「これら全て終わらせて、ようやく国際社会の土俵に上がれるんです」
「めっちゃ労働時間エグそう。もう少しゆっくりやることって……」
「ははは……。国際社会が待ってくれなかったんですよ……」
目が全く笑っていない、清々しい程の笑顔! 必死さが伝わってきて、逆にちょっと怖い。
「まあ、ここで説明するより、実際に見てもらった方が分かりやすいだろ」と奈良さんがブドウの皮を剥きながら口を挟む。
「それもそうですね。それなら直接海外に学びに行った岩倉使節団のあたりから見ていきましょうか」
「はーい!お願いします!」

1871年(明治4年)
岩倉具視(ともみ)を特命全権大使にした『岩倉使節団』は横浜から欧州へと旅立った。
大使、岩倉具視。副使の木戸孝允(たかよし)大久保利通(おおくぼとしみち)、伊藤博文(ひろぶみ)、山口尚芳(ますお)。留学生などを含めた、明治初期の大プロジェクトだった。
目的は、江戸時代に結ばされた不平等条約の改正交渉、そして何より、最先端の近代産業をこの目で視察すること。
出港前、横浜の写真館でカシャリと記念写真を撮る五人の使節団員。
長い撮影の緊張が解けたのか、撮り終わった瞬間にそれぞれ伸びをしたり、上着の(ほこり)を払ったりと動き出した。
「明治政府って短期間に色々詰め込み過ぎじゃ……」
横に立つ明治さんにボソッと呟くと、彼は胸を押さえて「うっ、その核心を突くツッコミは一旦置いといて……」と(もだ)えした。
すると、私たちのヒソヒソ話に気づいた使節団員の一人が近づいてきた。
「若いのに政治に興味関心があるとは!」
和服姿に(まげ)を結っている。
「お侍さんですか?」
「え、僕?どちらかと言えば公家かな」
フッと上品に微笑んだその人こそ、この使節団のトップ『岩倉具視さん』だった。
顎に手を当てて何やら考え込んでいた岩倉さんは、パッと顔を輝かせた。
「君達も留学生として同行しないか?若いうちは色んな経験をするのも大事だぞ」
「え?」
急なスカウトに慌てて明治さんを振り返ると、彼は「行ってらっしゃい!」とばかりにニコニコしている。
こうして、岩倉さんの熱烈なすすめもあり、私たちは急遽、使節団に同行することになった。
一人だけ髷なのは、誇りなのだとか。

「Oh、なんてワンダフルなスタイルなんだ!」
Amazing(素晴らしい)!」
アメリカのサンフランシスコに到着するやいなや、岩倉さんの周りには現地のアメリカ人の人だかりがあっという間にできてしまった。
フロックコートを着た男性や、ドレスを着た女性、さらには子供まで、興味津々そうに岩倉さんの周りに集まっている。
「あの、ちょっと人集まり過ぎですし、少し人を散らしましょうか?」
少し離れた場所で、木戸さんが苦笑いしながら提案するが、当の本人は胸を張って実に嬉しそうだ。
「いや、いい。髷と初めて触れ合う瞬間を大事にしようと思うのだ。…………それに、祖国にいる『髷なんてダッセー』だの『散髪しようぜ』など言っている人達にこの歓声を聞かせてあげたいよ!海を超えてもMAGE(まげ)の素晴らしさは伝わる!僕のMAGE論は間違ってなかった!」
岩倉さんは、目をキラキラさせながら自分を見上げる子供達に、パチンと完璧なウィンクを決めてひと言。
「君達もいつか立派なMAGEを結いたまえ。See You!」
(岩倉さんがアメリカにかぶれてる!)
「さっきから注目集めてるの岩倉さんばっかだし、髷を結ってきて良かったね」
かくして、一行は各地を視察し、色んな物を見て回った。
その間、岩倉さんの髷のおかげか、行く先々で大歓迎を受け、使節団の滞在スケジュールは予定よりもどんどん延びていった。
そんなある日。いつものように賑やかな街頭を視察していると、通りの向こうから手をブンブンと激しく振りながら、必死の形相でこちらへ走ってくる青年がいた。
「お、お父上ー!留学していて英語が話せる貴方の息子ですよー!」
どうやら岩倉さんの息子だったみたいだ。
息をゼェゼェと切らしながら岩倉さんの前に滑り込んだ息子さんは、父親の肩を掴んで激しく揺さぶった。
「お父上、髷が人気で集まっているのではありません。ネタキャラ扱いされているだけです!」
「え、えぇ!?」
​ガーン、と効果音が聞こえそうなほどショックを受けた岩倉さんは、ポロポロと涙を流しながら青い空を見上げた。
「ありがとう。今まで一緒にいてくれてありがとう。髷……!」
その日の夕方。
ホテルのロビーに、信じられないほど恥ずかしそうに、モジモジしながら立っている人物がいた。
綺麗さっぱり髪を切りそろえた、短髪姿の岩倉さんだった
「「「「「えぇ!?岩倉さんが断髪なされた!?」」」」」
明治さんと岩倉さん以外の使節団員と驚きの声が被る。
断髪したのに合わせたのか、いつの間にか着物からビシッとした最高級のスーツに着替えている。
「君、岩倉公に何か言ったかね?」
「何も言ってませんよ!?」
木戸さんの問いに首を横に振って答える。
「はぁーえらい印象変わったな。物怪(もののけ)の類みたいだな」
「あんだけ髷の保護者だった岩倉さんが髪を切ったんだ。断髪に否定的だった人々の世論も動かすだろう。伊藤さん、さらっと物怪って言うのやめてあげて下さいね」
​この使節団の旅は、その後もなんやかんやとトラブル続きだった。
ホテルのエレベーターの急な上昇に驚いて全員で悲鳴を上げたり、怪しい銀行の倒産詐欺に引っかかりそうになったり、移動中の船内で退屈した伊藤さんが「暇つぶしに模擬裁判しようぜ!」と企画して大騒ぎしたり……色々あったが収穫も多かった。
最終的に二年にも渡る活動を終え、新たな希望と期待を胸に帰途(きと)についた一行。
そして使節団は無事、帰国。
「この知識をこれから活かすぞー!」
「「「「おー!」」」」

岩倉使節団が海外の知識や人脈を得ている間、彼らが不在の間を預かる留守政府にも大きな動きがあった。
「ただいま政府!本場の美味しいお土産のチョコレートもあるぞー!」
帰国した伊藤さんはウッキウキで、なんなら小気味よくスキップもしながら、東京の議会の重い扉を勢いよく開けた。
ーーーだが、一歩足を踏み入れた瞬間、車内に立ち込めるような、むさ苦しい男達の熱気に気圧された。
「伊藤さん!?」
そう。いつの間にか議会の覇権(はけん)西郷隆盛(さいごうたかもり)に握られていたのだ!
「どういうことだ、西郷さん!俺達が命がけで留守にしている間に……みんな右を向いても左を向いても『西郷さん、西郷さん』って……俺のお土産のチョコより西郷さんなのか……」
伊藤さんは微かに痙攣(けいれん)しながら泣いている。
後ろにいた木戸さんと大久保さんに至っては、海外で買い込んできたお土産が包まれた風呂敷を床にポロッと落としたことにも気付かないまま、ポカンと口を開けて彫刻のように固まっていた。
「何で西郷さんにパワーバランスが偏ったんですか?」
「ああ、それはですね。西郷隆盛さんのカリスマ性が凄かったというのもありますし、急激な改革で仕事を失い、不満を溜め込んでいた民衆や元武士の方々の意見を、政治に取り入れようとしたからですね。彼は権力や名誉に一切執着しない方でしたから」
明治さんは近くの机に置いてあった新聞を手に取り、ガサリと広げて私に見せてくれた。
新聞の見出しには、太い文字でこう書かれている。
『西郷・板垣、海外に目を向けよと主張。留守政府内で議論白熱』
いわゆる、征韓論(せいかんろん)と言うやつだ。
「西郷さん、策士だぁ……」
「本当の策士はまた別にいますよ」
そう言った明治さんの視線の先には、悔しそうに使節団員を集めて、ぷちっと会議を始める伊藤さんがいた。
< 21 / 33 >

この作品をシェア

pagetop