日ノ本時代男子
第五章、未来へ

日ノ本元号会議

ここは応接間として使用する、会議室だ。

そんな場所に十七人の人物が座っている。

「若人と出会って半年以上経った訳だが、各々(おのおの)感じ取ることはあったと思う。意見も案も出てきただろう」

奈良がテーブルを囲んで座る参列者の顔を見渡す。

「日ノ本を守る者同士、やることは一つ。……これより、日ノ本元号会議を行う!」

普段まとまらない彼らが、これだけのメンツで一堂に会する機会はごく稀だ。

奈良が話を切り出す。

「さて、カッコ良く決まったところで、まずは若人の第一印象はどうだっただろう?俺としては手元に置きたい人材だな」

「愉快な子やったねぇ。様々な事情に驚きつつも興味を示す純粋さはこれからも失われないでほしいわぁ」

真っ先に声を上げたのは、参列者の一人である平安だ。

四百年の歴史を誇る彼は、袖口で口元を隠しながらはんなりと微笑む。

​弥生が身を乗り出し、身振手振りを交えて無邪気に声を張る。

「うんうん!」と、大正もその意見に深く同調するように何度も頷いた。

「僕は失望している」

鎌倉は腕を組んだまま、眉一つ動かさずに言った。

「彼女は軟弱だ。甘やかす必要はない。今すぐにでも肉体と精神を根底から鍛え直す必要がある」

明治はアゴに手を置き、眼鏡の奥の目を光らせながら言葉を選んだ。

「好奇心旺盛なのは学業に必要な素質ですが……美空さんの場合、記憶を失っているとはいえ少々世間知らずなところもあります」

「若々しく初心(うぶ)な御人ですね!話しやすく、後の時代の空気的なものを感じ、感銘を受けたであります!」

​安土桃山が持ち前の快活さで拳を握れば、すかさず古墳から親しみを込めた声がかかる。

「せやな。あづちゃんに乗っかるようで悪いけど、ああゆうノリは俺の時代にはおらんかったからなぁ」

「愛らしい子だよね……」

ぼそりと呟いた縄文の、どこか遠くの自然を見るような優しい目に、周囲が「お?」とざわつく。

「縄文、どうした?惚気(のろけ)か!?」

「面白い子なのですよ!」

ひときわ騒がしい会議が続く中、テーブルの一角では南北ツインズがお茶菓子として出された羊羹を食べていた。

「お前らは意見を言わなくて良いのか?あと、今日はやけに静かだな」

「うん、僕はあまりないかなー。ほとんどみんなが言ってくれたから」

「俺も特に話したいことはない」

​羊羹をもぐもぐと口に運びながら、二人は息ぴったりに答える。そのマイペースな二人を横目で見ながら、奈良はホワイトボードの隅に『南北、以下同文』と書き加えていく。

次に、奈良は戦国に目を向けた。

「戦国は?」

「そうですわね。特にあの身の振り考えない様は、将来大物になる予感がしますわ」

「室町は?」

「甘味巡り美味しかった」

「言うと思った……」

​平成が半目のジト目で室町を睨みつけるが、室町はどこ吹く風で、すでに次のお菓子に手を伸ばしている。

「各々感じることは違っても、彼女に待ち受ける困難を除きたい!というのは同じ。そこで……若人の為、未来の為、奮闘する爺(じじい)共のチーム名を考えてみたぞ」

奈良は予め用意しておいた半紙を広げ、みんなに見えるように掲げる。

半紙には『爺会』と書かれていた。

「洒落(しゃれ)ているでありますね!」

「爺会……ふふ」

「本当に良いのかそれで!?」

「ええんちゃう?」

「おりゃあ達も賛成ばい!」

「俺達は爺だし」

「爺……爺……」

​会議室のあちこちから、諦めと納得の混じった声が漏れる。繰り返されるその響きに、じわじわと奇妙な笑いが広がっていった。

​だが、そんな賛成多数の温い空気の中、明らかに馴染めていない人物が二名。口をへの字に曲げ、不満を全身からオーラとしてかもし出している。

「名付けセンスどこ置いてきたの?」

「ダッサ……まず、オレは爺じゃないし〜」

そう、大正と平成であった。

すかさず、室町が冷ややかな視線を大正に向ける。

「平成は分かるけど、大正は爺だよ。諦めな」

「うわぁぁ!」

​現実を突き付けられた大正が頭を抱える。

「じゃあ、確認しよう」

奈良が全員の方を見て、手元の紙束をパラパラとめくる。

「若人を守るチーム『爺会』―――この名称で、賛成多数とみて良いな?」

「……異議あり!」

満を持して、大正が席を立ち上がる。

「異議?」

奈良が片眉を上げると、大正は演説でも始めるかのように勢いよく両手を広げた。

「せめて名前だけでも、もう少し希望のあるものにしようよ!爺って……未来を担う存在を支える俺達が名乗る名前じゃない!」

「いや、そこは自虐(じぎゃく)と風格やで」

古墳がお茶をすする。

「自虐は入れんで良か」

「じゃあ、代案はあるの?」

平成が少し挑発的に言うと、待ってましたとばかりに大正がドヤ顔で不敵に笑った。

「もちろん!俺が考えたのは――」

彼が取り出したのは、なぜか事前に準備していたらしいスケッチブック。

その表紙をくるりとめくり、そこに現れた手書きの文字。

『未来維新団(みらいいしんだん)』

一瞬、微妙な空気が会議室を包む。

「中二感つよっ!」

北朝が吹き出した。

「う〜ん、悪くないかもしれないですわ」

「せ、センスは……嫌いじゃないであります」

戦国と安土桃山が、引きつった笑顔で必死にフォローを入れる。

「未来維新団……まぁ、響きはカッコ良いが……」

さすがの奈良も言葉を噤み、ホワイトボードの前で固まった。

「じゃあ、いっそのこと多数決にしましょうか」

明治が言うと、江戸も賛同するように頷いた。

「よし、では議題。『チーム名は爺会か未来維新団。どっちが良いか』」

奈良がホワイトボードに二つの選択肢を書き、手元のペンを持ち上げた。

「一人一票だぞー」

​――​―結果、やっぱり爺会が多かった。

結果発表後、奈良がホワイトボードに爺会と書き込んだ瞬間、会議室にはなんとも言えない安堵と諦めが入り混じった空気が流れた。

「結局、最初の案に戻ってきましたねぇ」

平安がくすりと笑う。

「はぁ……」

鎌倉が呆れたように肩をすくめると、大正は完全にエネルギーを失って机に突っ伏した。

「うぅ……俺の渾身(こんしん)のネーミングが……」

「オレ達、爺だって……」

大正と同じく投票で敗北した平成が、昭和を挟んでしょんぼりと肩を落とす。

「センスは良かったねぇ」

平安が突っ伏す大正の背中を撫でた。

「でも……平安さんも爺会に投票してたじゃん」

「それは、まぁ……実際に爺やからねぇ」

「やっぱり中二やったんや」

古墳が無意識のうちに鋭いトドメを刺し、大正は「うぐっ」と小さくうめいて再び沈没した。

「呼称より気になっていることがあるんだが……僕はこの顔ぶれで議論がまとまるとは到底思えないのだが」

「違いねぇ。年齢が近くても意見がまとまらねぇ時があるし」

同意したのは昭和だ。だが、その手元には堂々と漫画が開かれている。

「昭和、お前は何で漫画を読んでいる。会議中くらいは読むのを止めろ」

「そうカッカするなよ、この漫画貸そうか?」

「……後でな」

人の親切心を無下にしない男、それが鎌倉であった。

「明治、あれの解説を頼んだ」

ようやく静かになった頃、奈良が明治を指した。

「はーい」

明治はホワイトボードの前まで歩いて、説明し出す。

「我々は何度も同じ期間を繰り返しています。今はその真っ最中です。何故そんなことになっているのか、それはこの『令和』の時代において、国が存続できないような未来が来るからです」

数人は腕を組み、数人は顔を見合わせ、理解しきれずに首を傾げている。

代表して、奈良が眉をひそめて問いかけた。

「繰り返す?その辺、しっかりがっつり解説頼む」

明治は言葉を選ぶように、再び口を開いた。

「日ノ本は古来より厄災(やくさい)大国です。そして、厄災を回避できないまま滅亡の瞬間を迎えると、その国土全体が数年前から数百年前に戻ります。戻った時点で記憶はなくなりますし、死亡した人も生きている状態に戻っています。僕のような伝達人を除けば……」

「今回の伝達人は明治さん……だった訳ですわね」

「はい。伝達人は毎回ランダムです。前回は平成くんでしたよ」

「え、オレ!?」

その隣で、ずっと頬杖をついていた昭和が何かを思い出すようにポツリと言った。

「まぁ、世界大戦の時も助けてもらったからよぅなー」

「過去に戻るのは国力を消費しての有限のやり直しであり、力が尽きれば我々の歴史もそこで終わりです。だから、我々が一番快活(かいかつ)に動ける瞬間、全盛期を迎えた肉体に固定されるのでしょう」

「そんな突拍子のない話、僕は信じたくない」

​鎌倉は頭を抱え、苦渋に満ちた声を絞り出した。

「……信じたくはないが、そのような運命を彼女が辿るというのなら先輩として、先人として、やれることは全てやるしか僕にはできない」

鎌倉は頭を抱えながら言う。

「大正の時代にも大きな厄災……あったよね」

「……あったよ。確か十二年だったかな」

「元寇(げんこう)の時は鎌倉さんが問答無用で追い返していましたわね」

戦国がくすくす笑いながら、再びお茶を淹れる。

「あれは防衛戦だ、厄災ではない。それに、鉄砲伝来からわずか一年で国産化と量産化したのは戦国公だろう」

「南蛮の職人さんに感謝ですわ」

「普及したのは、小生の時代からであります!」

安土桃山が胸を張る。

「そういや、日ノ本の歴史には戦が数多くあったよな。俺の時も内乱と反乱と疫病(えきびょう)がエグかったし」

「外(と)つ国(くに)との戦いよりも内戦が多いよね」

室町が茶菓子を食べながら頬杖をついた。

「戦場(いくさば)には若人を連れて行かなかったんだな。戦国も城下町の散策だったし……」

「そうですわね。若者に戦を経験させたくない……というのが私の気持ちですわ」

「そうですねぇ」

平安も頷く。

「素人が合戦の傍にいても、何も良いことがない。参加するなら天幕(てんまく)の中で大人しくしておくべきだ」

「鎌倉さん、ストイック過ぎでしょ!」

平成が即座にツッコむ。

「美空、難儀(なんぎ)ばい」

「ん……」

「国家の存続の危機になるってことは、何度も起こってるってことやろ?成功例はないんか?」

古墳の問いに、明治は悲しげに首を横に振った。

「一応あるにはありますが、かなり少ないでしょうね」

明治は会議を締めくくるように、ため息をついた。
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