日ノ本元号男子
しばらく私達三人を見ていた安土桃山くんが手をポンっと手を打った。
「必ずや、お二人の学力を向上させてみせましょう!―――いざ、安土桃山時代へ!」
「ねぇ、さらっと安土桃山がオレ達のことバカって言った!!」
安土桃山くんが高らかに宣言した瞬間、足元がふっと浮いた。
「え!?ちょ、準備とか―――!」
私の抗議は最後まで言葉にならず、視界がぐにゃりと歪む。
気がついたとき、私達は――空の真ん中にいた。
「って、うわぁぁぁ!大丈夫なの?これ!?」
ビュオォーッと耳元を切り裂く風。心臓が跳ねる。
「大丈夫だよ」
隣の室町くんは、なぜか涼しい顔で空を眺めている。
「少し座標が高すぎるって!!あと、何で室町はそんなに冷静なの!?」
平成くんも叫んでいる。やっぱり怖いよね、これ!
「大丈夫でありますよ。―――さ、到着です」
安土桃山くんがにこりと笑った、その直後。
ドンッ、と重い衝撃とともに足裏に地面の感触が戻った。
目の前にそびえ立つのは、鮮やかな朱色と金で彩られた巨大な城。
夕陽を浴び、まるで炎と黄金が混ざり合ったように輝いている。
「......安土城!?」
思わず声が漏れると、安土桃山くんは誇らしげに両腕を広げた。
「ようこそであります!今夜は豪華な茶会でありますよ!」
「めっちゃ派手!これ絶対トレンド入りする」
平成くんはスマホを構え、動画を撮っている。
しかし室町くんは腕を組み、やや苦い顔。
「派手すぎて落ち着かないね......これ、金箔貼るの大変だったでしょ」
「金箔は権力の象徴でありますよ」
「ふーん。僕は金閣寺と銀閣寺だけで良いかな」
「室町公の金閣寺には勝てないであります......」
案内された茶会会場は、さらに息を呑むほど豪華だった。
金色に輝く屏風、繊細な蒔絵の調度品、そして膳の上に並ぶのは、香りまで食欲をそそる料理の数々。
「わぁ......」思わず息が漏れる。
「これ、全部食べて良いやつ?」平成くんが目を輝かせた。
「あの......この料理は?」
「戦国公と鎌倉公が、『若者の仕事は勉学に励み、知識を身に付けること。年長者は若者達が学べる環境を整えねばならぬ』と申され、用意したものであります!小生は手伝いであります!」
「やった!ありがとう!これ絶対バズる!」
平成くんは自撮り棒を取り出し、煌びやかな料理と自分を同じフレームに収めて撮影を始めた。
膳の上には、炊き立ての白ご飯に、醤油で味を調えたかぶ入りの温かなすまし汁。
小鉢には蒸しアワビやハマチの切り身、茄子や瓜の香物、茹でたワカメが彩りよく並ぶ。
器や盛り付けまで隙なく美しく、ここが高級料亭ではないかと錯覚してしまうほどだった。
「美味しそうだね」
室町くんはすでに座布団に腰を下ろし、箸を手に取ろうとしている。
そのとき、向かいの(ふすま)が音もなく開いた。
お盆を持って入ってきたのは戦国さんと鎌倉さん。それぞれ、焼き魚と茶碗蒸しを人数分載せている。
「お待ちしておりましたわ」
戦国さんはにこやかに頭を下げ、凛とした所作でお盆を置いた。その動きは無駄がなく、まるで舞のようだった。
「さあ、遠慮せずお食べになって下さいまし!戦の前も後も、腹が減っては何もできませんわ!」
「戦の前って......え、今から何かあるの?」平成くんが箸を止める。
「今日は戦ではなく、学びの場ですのよ」
戦国さんが笑みを浮かべると、鎌倉さんが箸を置き、真剣な目で私を見つめた。
「そうだ、君。明治から預かったが、学業の方はどうだ」
差し出されたのは、一学期の成績表とパラメーター表。
「これは、美空ちゃんの学業評価でありますね!」安土桃山くんが横から覗き込む。
「あー、うん。科目別で自分が全国のどの辺にいるか分かるやつで......」
「何だかボコボコしてらっしゃいますわ。数学と外国語が低いですの」
「そうなんですよ......数学苦手で、あと英語も」
「学業のことなら、明治さんがおすすめですわ。学制や国立大学が生まれたのは明治さんの時代ですから」
「そうじゃないんです!ここ一年くらい、落差の激しい数学を何とかしようとしてるんだけど......一向に上がらなくて!」
そのやり取りを、気付かぬうちに誰かが物陰から見ていた。

―――悠久邸の一室。
「ねぇ」
談話室で夏休みの数学の宿題をしていたとき、背後から声をかけられた。
振り返ると、そこに立っていたのは―――。
「江戸くん......!?」
相変わらず布団を頭までかぶったままの江戸くんが、無表情に言った。
「算術......教えよっか?」
「......え?」
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