日ノ本元号男子
南北ツインズ
「美空さん、物事を決める時、何が大切だか分かりますか?」
「えー、何だろ」
うーんと頭を捻って考えてみる。歴史上の重要人物が話し合って決めることといえば……。
「あっ、話し合い!」
「正解です!どの時代においても交渉力は必要ですからね、今日はそれを学びましょう」
「はーい!」
その時、南朝くんが談話室に入ってきた。
手に持っているのはいちごミルク。最近飲んでみてハマったんだって。
「今日の先生は南くんです。南北朝時代の交渉と言ったら朝廷が統一する為の『明徳の和約』ですね」
「わー難しそー」
「今日は僕が先生をするよ〜!僕も交渉力はそれほど……なんだけど、美空ちゃんの為に頑張るよ!」
「お願いしまーす!」
南朝くんはホワイトボードに、少し離して二つの丸を描いた。そして、手際よく文字を書き込んでいく。
片方には『南朝』、もう片方には『北朝』。
「まずは、南北朝の歴史からおさらいをしようね!鎌倉幕府滅亡後、後醍醐天皇が武士の不満をフル無視して天皇中心の時代を作ろうとしたんだ」
「フル無視……」
「これを『建武の新政』と言うよ!テストにも出やすいから覚えとこうね!」
「テスト出やすいんだ……頑張って覚える」
私がメモを取るのを確認して、南朝くんはさらに解説を続ける。
「それに不満を抱いた武士のカリスマ、足利尊氏が光明天皇を立てて北朝を作った。それに対抗するように吉野に移った後醍醐天皇も南朝を開いたんだよね〜」
「そんな簡単に朝廷って開けるの?」
私が驚くと、南朝くんは少し困ったようにいちごミルクをすすった。
「うーん、朝廷を開くのは普通は無理なんだけどね……。あ、でも幕府なら、征夷大将軍になれば誰でも開けるよ!」
「幕府は開けるんだ!?」
(簡単に朝廷を開けるなら、今頃エグいことになってそう……)
「なんやかんやあって兵力も疲弊してきたから北朝と和約を結んだんだ。これがさっき明治さんが言っていた明徳の和約だね。内容は、皇位を南北で交代しよう!って感じだったんだ」
つまり、前回は北朝側が皇位したから、今回は南朝側が皇位するね!ってことだよね?
「仲良く半分こ……南朝くんと北朝くんがお手て繋いでらんらんらーんみたいな?」
微笑ましい光景を想像した私に、南朝くんは遠い目をしながら、ふっと切ない笑みを浮かべた。
「まぁ結局は北朝が和約を破ったんだけどね〜」
「えぇ……せっかく結んだのに」
「南朝は理想を見て、政治体制も貴族の意見ばかり聞くから武士にめちゃくちゃ嫌われる。その上、戦に勝ってもご褒美が少なくて……元々南朝に仕えていた武士も北朝に寝返っちゃった☆」
茶目っ気たっぷりにウインクをする南朝くんだが、その内容はかなり悲壮感が漂っている。
それから南北朝時代のおさらいを軽く終え……私達は南北朝時代に来た。
風が吹き抜け、視界が開ける。目の前に現れたのは、歴史の教科書で見たような立派な門構えだった。
「あれ?京都?」
「あ、はい。ここが南くんをフルボッコにした北くんの家、京都の御所です」
明治さんが、まるでお散歩ルートを紹介するかのような軽いトーンで恐ろしいことを言う。
「僕の方の御所は吉野にあるよ〜」
にこりと無邪気に微笑む南朝くん。その屈託のなさが、かえって私の不安を煽る。
「いやいや、喧嘩が強くなりたいとかそんなんじゃなくて!」
御所の前でドタバタしていたら、北朝くんがやって来た。
「ん?なんだ南朝か」
南朝くんは嬉しそうに北朝くんの方へ駆け寄る。
「ねー、北朝。僕達が仲良くなったきっかけってなんだっけ?」
「そんなことを聞きに来たのか?……美空の授業か?」
「そう!」
人懐っこく即答する南朝くんの横で、私は恐る恐る口を開いた。
「あの〜、二人って仲悪いの?朝廷が分断されただけじゃ……」
「いやいや、結構な問題だよ?だって……政権握ってたの北朝だったもん」
南朝くんはぷくーっと頬を膨らませてそっぽを向く。
「まー、壮絶だったな。顔を合わせる度にお互い罵詈雑言の言い合い」
「あの時は辛かったよ〜……」
南朝くんが半泣きで訴える。
「でも、そっから仲良くなったの?秘訣とかある?」
「うーん……」
私の質問に、南朝くんは人差し指を顎に当てて考え込んだ。それから、ゆっくりと顔を上げて、ぽつりと呟いた。
「老い……?」
「老い!?」
あまりにも予想外すぎる単語が飛び出してきて、私は思わず素っ頓狂な声を上げた。え、老い!?
すると、隣にいた明治さんまでもが、深く納得したようにコクリと頷いた。
「なるほど、老い。何となく分かりますねぇ」
「あー確かに老いかもな。理解理解」
北朝くんもうんうん頷いている。
「分かんないよ!?私まだ中学生だから分からないよ!」
「歳を取ると見えないものも見えてくるんだよ」
北朝くんが『そういうことだ』みたいな顔をするが、全く分からない。
「話し合いの秘訣っていうのはね……交渉の場に美味しい飲み物があれば何とかなるよ」
「?」
え?
急に宇宙の話でもされた?
「ごめん、僕も正直話し合いの秘訣って何なのか分かんないや」
(え―――!?)
内心で全力のツッコミを入れていると、南朝くんが「ね?」と隣の片割れに同意を求めた。
「北朝は何かある?」
「んー……美味い飲み物があればだいたい上手くいく!」
北朝くんは親指を立てて言った。
(あー、やっぱり双子だぁぁっぁ!!)
私が頭を抱えてガックリと肩を落としていると、見かねた明治さんが助け舟を出してくれた。
「えぇっと〜……まぁ、交渉術は必要ってことですね」
あ、無理やりまとめられた。
そんなやり取りを見ていると、私はあることを思い出して、鞄をごそごそと探った。
「そうだ!見せたい物があるんですよ!」
「え?僕にですか?何かな?」
鞄の中から、昨日部屋の片付けをした時に偶然発掘した物を取り出す。
「これ、小学生の時に書いた文集なんですよー!」
「へぇ……!少し読んでも良いですか?」
「どーぞどーぞ」
気恥ずかしさを隠しながら、自分の作文が載っているページを開いて明治さんに手渡す。
明治さんは「ありがとうございます」と言って、優しく微笑みながら文字を追い始めた。
……が、しばらくすると、明治さんの動きがピタッと止まった。その目元が、心なしか潤んでいるように見える。
「え、明治さん!?」
「どしたの?」
「さぁ……」
南北ツインズも首を傾げる。
明治さんはページも閉じずに、じっと文集を見つめたまま涙ぐんでいた。
「もしかして……泣くほど酷くて……?」
明治時代は、学制ができた時代だ。もしかしたら作文の決まりとか守ってなくて……それで悲しんでいるとか?
「そんなことないですよ。良い作文だと思いますよ……!」
明治さんは眼鏡を少し持ち上げ、ハンカチでそっと目元を拭った。
「あはは……歳のせいか涙脆くて仕方ないね。何でしょう......純粋だなぁて思いまして。そう思ったらこんな体たらく、情けないおじさんでごめんねぇ……」
「いえいえ!ってか明治さんはおじさんじゃないですよ?」
どう見ても、明治さんの見た目はシュッとした二十代の好青年だ。おじさんと自虐するにはあまりにも無理がある。
「まぁ、この時に成長が止まりましたからね……心はおじさんなんです」
苦笑いする明治さんの手元から、私は自分の作文を覗き込んだ。そこには、今よりも少しへにょへにょで、不器用な文字が並んでいる。
「子供のくせに生意気なこと書いてませんでした?」
「いえいえ、むしろ真っ直ぐで眩しかったですよ。ありがとうございます」
「えー、何だろ」
うーんと頭を捻って考えてみる。歴史上の重要人物が話し合って決めることといえば……。
「あっ、話し合い!」
「正解です!どの時代においても交渉力は必要ですからね、今日はそれを学びましょう」
「はーい!」
その時、南朝くんが談話室に入ってきた。
手に持っているのはいちごミルク。最近飲んでみてハマったんだって。
「今日の先生は南くんです。南北朝時代の交渉と言ったら朝廷が統一する為の『明徳の和約』ですね」
「わー難しそー」
「今日は僕が先生をするよ〜!僕も交渉力はそれほど……なんだけど、美空ちゃんの為に頑張るよ!」
「お願いしまーす!」
南朝くんはホワイトボードに、少し離して二つの丸を描いた。そして、手際よく文字を書き込んでいく。
片方には『南朝』、もう片方には『北朝』。
「まずは、南北朝の歴史からおさらいをしようね!鎌倉幕府滅亡後、後醍醐天皇が武士の不満をフル無視して天皇中心の時代を作ろうとしたんだ」
「フル無視……」
「これを『建武の新政』と言うよ!テストにも出やすいから覚えとこうね!」
「テスト出やすいんだ……頑張って覚える」
私がメモを取るのを確認して、南朝くんはさらに解説を続ける。
「それに不満を抱いた武士のカリスマ、足利尊氏が光明天皇を立てて北朝を作った。それに対抗するように吉野に移った後醍醐天皇も南朝を開いたんだよね〜」
「そんな簡単に朝廷って開けるの?」
私が驚くと、南朝くんは少し困ったようにいちごミルクをすすった。
「うーん、朝廷を開くのは普通は無理なんだけどね……。あ、でも幕府なら、征夷大将軍になれば誰でも開けるよ!」
「幕府は開けるんだ!?」
(簡単に朝廷を開けるなら、今頃エグいことになってそう……)
「なんやかんやあって兵力も疲弊してきたから北朝と和約を結んだんだ。これがさっき明治さんが言っていた明徳の和約だね。内容は、皇位を南北で交代しよう!って感じだったんだ」
つまり、前回は北朝側が皇位したから、今回は南朝側が皇位するね!ってことだよね?
「仲良く半分こ……南朝くんと北朝くんがお手て繋いでらんらんらーんみたいな?」
微笑ましい光景を想像した私に、南朝くんは遠い目をしながら、ふっと切ない笑みを浮かべた。
「まぁ結局は北朝が和約を破ったんだけどね〜」
「えぇ……せっかく結んだのに」
「南朝は理想を見て、政治体制も貴族の意見ばかり聞くから武士にめちゃくちゃ嫌われる。その上、戦に勝ってもご褒美が少なくて……元々南朝に仕えていた武士も北朝に寝返っちゃった☆」
茶目っ気たっぷりにウインクをする南朝くんだが、その内容はかなり悲壮感が漂っている。
それから南北朝時代のおさらいを軽く終え……私達は南北朝時代に来た。
風が吹き抜け、視界が開ける。目の前に現れたのは、歴史の教科書で見たような立派な門構えだった。
「あれ?京都?」
「あ、はい。ここが南くんをフルボッコにした北くんの家、京都の御所です」
明治さんが、まるでお散歩ルートを紹介するかのような軽いトーンで恐ろしいことを言う。
「僕の方の御所は吉野にあるよ〜」
にこりと無邪気に微笑む南朝くん。その屈託のなさが、かえって私の不安を煽る。
「いやいや、喧嘩が強くなりたいとかそんなんじゃなくて!」
御所の前でドタバタしていたら、北朝くんがやって来た。
「ん?なんだ南朝か」
南朝くんは嬉しそうに北朝くんの方へ駆け寄る。
「ねー、北朝。僕達が仲良くなったきっかけってなんだっけ?」
「そんなことを聞きに来たのか?……美空の授業か?」
「そう!」
人懐っこく即答する南朝くんの横で、私は恐る恐る口を開いた。
「あの〜、二人って仲悪いの?朝廷が分断されただけじゃ……」
「いやいや、結構な問題だよ?だって……政権握ってたの北朝だったもん」
南朝くんはぷくーっと頬を膨らませてそっぽを向く。
「まー、壮絶だったな。顔を合わせる度にお互い罵詈雑言の言い合い」
「あの時は辛かったよ〜……」
南朝くんが半泣きで訴える。
「でも、そっから仲良くなったの?秘訣とかある?」
「うーん……」
私の質問に、南朝くんは人差し指を顎に当てて考え込んだ。それから、ゆっくりと顔を上げて、ぽつりと呟いた。
「老い……?」
「老い!?」
あまりにも予想外すぎる単語が飛び出してきて、私は思わず素っ頓狂な声を上げた。え、老い!?
すると、隣にいた明治さんまでもが、深く納得したようにコクリと頷いた。
「なるほど、老い。何となく分かりますねぇ」
「あー確かに老いかもな。理解理解」
北朝くんもうんうん頷いている。
「分かんないよ!?私まだ中学生だから分からないよ!」
「歳を取ると見えないものも見えてくるんだよ」
北朝くんが『そういうことだ』みたいな顔をするが、全く分からない。
「話し合いの秘訣っていうのはね……交渉の場に美味しい飲み物があれば何とかなるよ」
「?」
え?
急に宇宙の話でもされた?
「ごめん、僕も正直話し合いの秘訣って何なのか分かんないや」
(え―――!?)
内心で全力のツッコミを入れていると、南朝くんが「ね?」と隣の片割れに同意を求めた。
「北朝は何かある?」
「んー……美味い飲み物があればだいたい上手くいく!」
北朝くんは親指を立てて言った。
(あー、やっぱり双子だぁぁっぁ!!)
私が頭を抱えてガックリと肩を落としていると、見かねた明治さんが助け舟を出してくれた。
「えぇっと〜……まぁ、交渉術は必要ってことですね」
あ、無理やりまとめられた。
そんなやり取りを見ていると、私はあることを思い出して、鞄をごそごそと探った。
「そうだ!見せたい物があるんですよ!」
「え?僕にですか?何かな?」
鞄の中から、昨日部屋の片付けをした時に偶然発掘した物を取り出す。
「これ、小学生の時に書いた文集なんですよー!」
「へぇ……!少し読んでも良いですか?」
「どーぞどーぞ」
気恥ずかしさを隠しながら、自分の作文が載っているページを開いて明治さんに手渡す。
明治さんは「ありがとうございます」と言って、優しく微笑みながら文字を追い始めた。
……が、しばらくすると、明治さんの動きがピタッと止まった。その目元が、心なしか潤んでいるように見える。
「え、明治さん!?」
「どしたの?」
「さぁ……」
南北ツインズも首を傾げる。
明治さんはページも閉じずに、じっと文集を見つめたまま涙ぐんでいた。
「もしかして……泣くほど酷くて……?」
明治時代は、学制ができた時代だ。もしかしたら作文の決まりとか守ってなくて……それで悲しんでいるとか?
「そんなことないですよ。良い作文だと思いますよ……!」
明治さんは眼鏡を少し持ち上げ、ハンカチでそっと目元を拭った。
「あはは……歳のせいか涙脆くて仕方ないね。何でしょう......純粋だなぁて思いまして。そう思ったらこんな体たらく、情けないおじさんでごめんねぇ……」
「いえいえ!ってか明治さんはおじさんじゃないですよ?」
どう見ても、明治さんの見た目はシュッとした二十代の好青年だ。おじさんと自虐するにはあまりにも無理がある。
「まぁ、この時に成長が止まりましたからね……心はおじさんなんです」
苦笑いする明治さんの手元から、私は自分の作文を覗き込んだ。そこには、今よりも少しへにょへにょで、不器用な文字が並んでいる。
「子供のくせに生意気なこと書いてませんでした?」
「いえいえ、むしろ真っ直ぐで眩しかったですよ。ありがとうございます」