婚約者にバカにされ続けた侯爵令嬢が「ざまぁ」するに至るまで

27.薄汚れたブーツと叩きつけられた扇子

 ミラジェーンが立ち去った後も、エリオットはしばらくソファに座り込み、項垂れていた。

 しばらくして、扉が開く。

 エリオットの視界に、薄汚れたブーツが入ってきた。


「この愚か者が」


 低く唸るようなオリン公爵の声が、エリオットを責め立てた。


「我が家の財政状況を理解していないのか? ミラジェーン嬢の手腕を知らないのか」

「は?」


 エリオットはゆっくりと顔を上げた。


「ブライズ侯爵家からの持参金で立て直すんだろう? それくらいならうちの家令が切り詰めればどうとでも……」


 言葉が途切れた。

 それほどまでに、オリン公爵の顔は歪んでいた。


「お前……本気で言っているのか?」

「だ、だって、ミラごときに何ができるというのさ。金庫番といってもブライズ卿とアドルフ卿が担っているのだし、ミラの名が出ていても実質は財務官たちが行っているのだろう?」

「……ふむ、婚約破棄は正解だったらしいな。ミラジェーン嬢の手腕をそこまで理解できていないとは」


 オリン公爵はため息をついて首を横に振り、呆然としたままの息子を残して、応接室を後にした。



 数日後の昼過ぎ、エリオットが自室にいると、扉がけたたましい音を立てて開いた。


「あなたのせいで、私の面目丸潰れよ」

「は?」


 現れたのはルーシーで、おそろしく冷たい面持ちをしていた。


「女のくせに、保たなければならない面目などあるのか?」

「どこでその馬鹿げた価値観を得たのかしらね。私、未来の国母なんだけど」

「……ちっ、姉さんといいミラといい、偉そうにしやがって」


 ルーシーは呆れた面持ちでため息をついた。

 その面差しがオリン公爵にそっくりで、エリオットは苛立ちを覚えた。


「あなた、本当に馬鹿なのね。偉そうなのではなく、本当に偉いのよ。私もミラも」

「女のくせに」

「第一王子の正式な婚約者の私と、国家の金庫番として、多数の国営事業に経理担当として携わるミラジェーン。どう考えても、公爵家の跡取りというだけでふんぞり返っているあなたより偉いわ。」

「……っ」

「あなたは何を成したの? 私は王妃教育を受けながら、北部の観光事業に携わっているし、第一王子と共に外交の場にも顔を出しているわ。ミラジェーンも同様に、国内の多数の事業に携わっている。あなたは?」

「どうせ第一王子の後ろ盾があってのことだろう? 偉いのは姉さんじゃなくて第一王子じゃないか。そんな下品なドレスで、見捨てられないようにするんだな」


 エリオットが吐き捨てると、ルーシーはやはりオリン公爵にそっくりの仕草で首を横に振った。


「本気でそう思ってるとしたら、見下げ果てたものね」


 そしてヒールをかつかつと鳴らして出ていった。


「……なんだよ、どいつもこいつも」


 エリオットは舌打ちをして、部屋を出た。

 オリン公爵夫人の部屋に顔を出すと、ちょうど執事が手紙の仕分けをしていたところだった。


「直近の夜会っていつ?」

「直近ですと夏の終わりでございます。王家主催の大規模な社交パーティにお声掛けいただいております」

「そういうものではなくて」


 エリオットは首をかしげた。


「もっと小規模なのがあるだろう? 男爵家や子爵家のホームパーティ規模の」

「ありません」


 オリン公爵夫人がきっぱりと言い切った。

 手元の扇子がピシャリと閉じられ、婦人はエリオットを睨む。


「そもそもバカンスシーズンで王都に残る貴族は少ないですから、ホームパーティは親しい家柄同士で避暑地で行われています。今年は北部が人気のようね。ルーシーが張り切っていました」


 エリオットは小さく顎を引いた。

 またもや姉の手柄の話で、少しも面白くなかった。


「なによりあなたはブライズ侯爵令嬢に婚約破棄された身。そのような恥ずかしい立場の者に、パーティの誘いなどあるわけがない。わきまえなさい」

「なっ、実の息子に対して、あんまりな言い草ではないですか!」

「私が言わずして誰が言うのですか。まったく、私もお父様も、あなたを甘やかしすぎました。王家主催のパーティとて、お父様の顔を潰さないために、王妃様が気を遣ってお呼びくださったのですよ」


 夫人はしかめ面のまま、扇子で手のひらをぺしぺしと叩きながら言った。

 エリオットは言葉が出なかった。

 これまで両親はあれほど自分をちやほやしてきたというのに、身勝手なミラジェーンのせいで、すべてが台無しになった。


 夫人はエリオットに対して、ぐちぐちと説教を続けていた。


「いいこと、エリオット。今後は家のことをもう少ししっかり……待ちなさい、どこに行くの!」

「うるさいな、誰も僕のことをわかってくれないんだ」

「エリオット!」


 エリオットは夫人の声を無視して部屋を出た。自室に戻り、侍女にレターセットを用意させた。

 親しい令嬢何人かに誘いの手紙を書いて送らせたが、待てども待てども、返事が来ることはなかった。


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