恋は手のひらの上で
“戦う”なんて
翌日の午後。

明日に控えた役員会議のことを思いながら、私は東央ヘルスケアのエントランスで入館証を指先でいじっていた。


高い天井。
ガラス張りのロビー。
人の出入りが絶えない。

ここに来るのはもう何度目かだけれど、それでも少し落ち着かない。

ここは、椎名さんの会社だ。


私はソファに座ったまま、ふと顔を上げる。

スーツ姿の人たちが行き交う。
この人たちは、みんな東央ヘルスケアの社員だろう。

その中で私は、完全に部外者だ。


少しだけ肩をすくめる。
…変に緊張してる。

明日の役員会議のこともある。

─────それに。
椎名さんと会うのも、あの日以来だ。


看病してもらったあの日。
思い出した瞬間、胸の奥が少しだけ騒がしくなる。

落ち着け。
私は小さく息を吐く。


その時、聞き慣れた声がした。

「西野さん」

どきっとして顔を上げる。
椎名さんが立っていた。

いつも通りの、落ち着いた表情。
スーツもきっちり整っている。

…普通の顔。
でも、一瞬、違和感があった。
ほんの少しだけ、口元がやわらいでいる。

私を見つけた瞬間に浮かんだ顔。
仕事のときに見せる表情とは、ちょっと違う。


< 167 / 228 >

この作品をシェア

pagetop