営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
最終話 ほどけて結ぶ
 コンペまであと三日。
 オフィスの窓の向こうに広がる夜景を背にして、ひたすらパソコンへ向き合っていた。
 時刻は既に夜十時過ぎ。
 昼間は人の声と電話音で満ちている営業部のフロアも、今は誰も残っていない。
 その静けさの中で、企画書の最終調整を続ける。これでOKだと言われても、なぜか不安が拭いきれず、何度も修正を繰り返していた。

 穂積先輩や営業部の人たちと走り続けてきたこの案件は、どれだけ不可能と言われても、絶対に落としたくない。
 けれど、プレゼン当日のことを考えると緊張で胃がきゅっと縮みそうだ。
 画面へ視線を落としたまま、小さく息を吐いた。

「あ……タイプミスしちゃった」

 修正を入れて、キーボードの上から手を離す。気を抜くと震えそうになる指先を、そっと握り込む。
 そのとき、不意に背後から声が落ちてきた。

「まだいたのか」

 振り返ると、穂積先輩が立っていた。ネクタイを少し緩めながら、まっすぐにこちらに向かってくる。

「あ……お疲れさまです」
「ああ。お疲れ」

 穂積先輩はわたしのデスクを覗き込み、資料へ視線を落とした。

「この資料、まだ修正してたのか。OKを出したはずだろ」
「少しだけ、導線説明を……」
「十分詰めてる」

 その言葉に、頬が緩みそうになった。他の誰にそうされるより、穂積先輩に認めてもらえることが一番嬉しい。
 だけど同時に、別の感情が込み上げる。

「あの……」
「ん?」
「あ、えっと……、いえ。なんでもないです」

 音羽さんに聞きました。応和企画に誘われてるんですよね?
 その話を、穂積先輩は受けるんですか?

 ……そう聞きたい。だけど、そんなことを口にできる距離にはいない。
 そう思った瞬間、急に視界が滲んだ。違う。泣きそうになっている。
 こんな顔を見られたくなくて、先輩の視線を避けるように俯いた。

「どうした」
「あ、いえ……コンタクトが……」
「またそれか」

 穂積先輩が呆れたみたいに笑った。
 指で軽く目の辺りを抑えて、なんとか体裁を整える。

「何か悩みがあるなら、聞く」
「そんなこと言うなんて……珍しいですね」
「そうか? 心配くらいするだろ」

 心臓の高鳴りを抑えきれず、思わず顔を上げて、先輩を見た。
< 88 / 101 >

この作品をシェア

pagetop