営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
 ……それは後輩だから?
 それとも、ほんの少しでも、特別に思ってくれていますか。
 喉元まで出かかったその言葉をぐっと飲み込む。手のひらだけでは押さえきれないほど、感情が溢れそうだった。

 どうしよう。
 わたし、この人が好きだ。
 自分でも制御できないくらいに。

 ずっと前からわかっていて、だからこそ、今まで言葉にしないように気をつけてきたのに、なぜか今夜は想いを打ち明けたいという衝動が、全身を駆け巡っている。
 気持ちを伝えたら、ほんの少しでも特別になれるだろうか。
 そんな可能性に、縋りたくなる。

「あ、あの……」

 鼓動がうるさくて、息がうまくできない。

「どうした?」

 立ったままわたしを見下ろす穂積先輩の瞳に、自分の顔が映る。
 その距離の近さに、伝えようとした言葉が一瞬で引っ込んでしまう。

 もし今ここで告白して、振られたら……?
 この時間も、この距離も、全部失うのかもしれない。
 その可能性が頭に浮かび、唐突に我に返った。

「なんでもないです。あの……わたし、コンペ頑張ります」
「……ああ。期待してる」

 穂積先輩は静かに言った。

「お前と組むと、前より詰めが速い」
「…………っ」

 その一言に、どうしようもなく心が震えた。
 どんな愛を囁かれるよりも、今のわたしには嬉しい言葉だった。

「……穂積先輩の、自慢の後輩ですから」

 照れ隠しみたいにそう返すと、穂積先輩は一瞬だけ目を細めた。


 ◇

 翌日の夕方、コンペ前のプレゼン練習を終えると、会議室を出る途中で蝦名さんに声を掛けられた。

「鮎川さん。今日の夜って少し時間ある?」
「今日ですか? はい。大丈夫です」
「たまには私と、飲みに行かない?」
「えっ。いいんですか? 行きたいです!」

 部署が違うこともあり、蝦名さんとはゆっくり話をする機会がほとんどない。誘って貰えるのは素直に嬉しかった。

「家はここから遠い?」
「いえ。そうでもないですよ」

 最寄り駅を告げると、少しだけ驚いた顔をされた。

「その近くにある、私の行きつけの店でも構わないかしら?」
「はい。お願いします」

 そうして終業後に連れて行かれた先は、『紬』だった。
 ここへ来るのは、穂積先輩と訪れたあの夜以来だ。

「ここ、わたしもよく来てました」
「ええ。そうみたいね」
「え?」

 なんで知ってるんですか? と尋ねる前に、蝦名さんが引き戸を開けた。
 足を踏み入れるとすぐに、やさしい出汁の匂いに満ちた空気に包まれる。

「いらっしゃい」

 カウンターの向こうで、榊さんが穏やかに笑った。

「お久しぶりです、榊さん」
「久しぶり。美月ちゃんの活躍はよく聞いてるよ」

 そう言われて、穂積先輩の顔が頭を過った瞬間、「梓から」と重ねられる。
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