営業部の穂積先輩は今日も不機嫌で困る
それでも、しばらくの逡巡の後で、なんとか言葉を絞り出した。
「……それは、穂積先輩が決めることだと思います」
穂積先輩の価値を誰かに決めつけて欲しくない。本当はそう言いたかったけど、言えない。
音羽さんはふっと笑った。
「それもそうね。拓真に決めてもらうわ」
その言葉はわたしを馬鹿にしているわけではなく、納得したような言い方だった。
「……とは言っても、本人にはまだ正式なオファーを出していないの。だからまだ秘密にしておいて。
あの人、ちょっと頑固なところがあるから、足場を全部固められると逆に逃げようとするのよね」
その口ぶりには、長い時間を知っている人間だけが持つ親密さが滲む。
ろくな返事もできないまま、足元のカーペットをじっと見つめていると、音羽さんがやさしい声で言った。
「……鮎川さんって、穂積くんに似てるわね」
「え?」
「真面目なところとか」
音羽さんはそう言って、少しだけ困ったように笑った。
「だから、その辺りで止まった方がいいわ、きっと」
「……止まるって、何をですか?」
言葉の意味を探るように尋ねると、音羽さんが意味深に微笑む。
「穂積くんを好きになると、きっと苦しくなるから」
あまりにも自然に言われて、息が止まる。
否定しようとしたのに、喉が動かなかった。
音羽さんは、そんなわたしを見て何かを察したように目を伏せる。
「ごめんなさい。意地悪を言いたいわけじゃないのよ。
ただ、彼って、自分の感情を切り捨てて、仕事を選べる人だから」
その一言が、妙に冷たく耳に届く。
「もちろん、それが悪いとは思ってないわ。圧倒的な結果を出す人って、優先順位を間違えないものだもの」
「優先順位……」
その通りだと思った。
穂積先輩はいつだって、間違えない。数ある選択肢から最善の手を選んで、まっすぐに突き進んでいく。
そういう彼を、わたしもずっと追いかけてきた。
「……余計なお世話ならごめんなさい。じゃあ、時間をくれてありがとう」
まるでわたしに同情をするように微笑んでから、音羽さんは軽く肩をすくめる。
「……いえ」
去って行く華奢な背中を見送ったあとも、しばらくその場に立ち竦む。
──穂積くんを好きになると、苦しくなるから。
その言葉だけが、いつまでも耳の奥に残って離れなかった。
「……それは、穂積先輩が決めることだと思います」
穂積先輩の価値を誰かに決めつけて欲しくない。本当はそう言いたかったけど、言えない。
音羽さんはふっと笑った。
「それもそうね。拓真に決めてもらうわ」
その言葉はわたしを馬鹿にしているわけではなく、納得したような言い方だった。
「……とは言っても、本人にはまだ正式なオファーを出していないの。だからまだ秘密にしておいて。
あの人、ちょっと頑固なところがあるから、足場を全部固められると逆に逃げようとするのよね」
その口ぶりには、長い時間を知っている人間だけが持つ親密さが滲む。
ろくな返事もできないまま、足元のカーペットをじっと見つめていると、音羽さんがやさしい声で言った。
「……鮎川さんって、穂積くんに似てるわね」
「え?」
「真面目なところとか」
音羽さんはそう言って、少しだけ困ったように笑った。
「だから、その辺りで止まった方がいいわ、きっと」
「……止まるって、何をですか?」
言葉の意味を探るように尋ねると、音羽さんが意味深に微笑む。
「穂積くんを好きになると、きっと苦しくなるから」
あまりにも自然に言われて、息が止まる。
否定しようとしたのに、喉が動かなかった。
音羽さんは、そんなわたしを見て何かを察したように目を伏せる。
「ごめんなさい。意地悪を言いたいわけじゃないのよ。
ただ、彼って、自分の感情を切り捨てて、仕事を選べる人だから」
その一言が、妙に冷たく耳に届く。
「もちろん、それが悪いとは思ってないわ。圧倒的な結果を出す人って、優先順位を間違えないものだもの」
「優先順位……」
その通りだと思った。
穂積先輩はいつだって、間違えない。数ある選択肢から最善の手を選んで、まっすぐに突き進んでいく。
そういう彼を、わたしもずっと追いかけてきた。
「……余計なお世話ならごめんなさい。じゃあ、時間をくれてありがとう」
まるでわたしに同情をするように微笑んでから、音羽さんは軽く肩をすくめる。
「……いえ」
去って行く華奢な背中を見送ったあとも、しばらくその場に立ち竦む。
──穂積くんを好きになると、苦しくなるから。
その言葉だけが、いつまでも耳の奥に残って離れなかった。