この恋、予定外。
そういうもん?
今朝の空気も、やっぱり少しだけ冷たかった。

肺に入る空気が澄んでいて、頭がすっと冴える。 足音が一定のリズムでアスファルトを叩く。


一歩、もう一歩。
いつものコース。 いつもの距離。 いつものペース。

─────のはずだった。


「……あれっ」

少しだけ、呼吸が乱れる。
おかしい。 まだ序盤なのに。

私はわずかにペースを落とした。

足が重いわけじゃない。 体調が悪いわけでもない。
ただ、リズムが合わない。

…なんで?


視線を落とす。 シューズが規則的に地面を蹴っている。
フォームも崩れていない。 なのに、どこか噛み合っていない感覚。

その理由に、ふと気づく。


─────昨日の夜の、高橋さんの言葉。

『森川なら売れるから』


足が一瞬だけ止まりかけて、慌てて前を見る。
……どうして、今それ思い出すの。


自分らしくない自分にイライラしそうになるのをこらえて、呼吸を整える。

違う。 今は走ってるだけ。 仕事のことを考える時間じゃない。
─────なのに。

『……足、気をつけろよ』

また、だ。


私はぴたりと足を止めた。


静かな公園。 朝の光。 遠くで犬の鳴き声。
胸の奥だけが、やけにざわついている。


「……なんで」

小さくつぶやいて、すぐに口を閉じる。
こんなことで乱れるほど、自分は単純だっただろうか。

久しぶりに誰かに陸上の話をしたから?

でも別に、だからといって特別なことを言われたわけじゃない。
優しくされたわけでもない。
ただ彼は聞いていただけだった。


私はゆっくり息を吐いた。
そして、もう一度走り出す。


今度は、さっきよりも少しだけ遅いペースで。



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