婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました

彼女を甘やかしたい SIDE 凌也

「申し訳ないが、この話はお断りさせていただく」

 母に呼ばれてうんざりしながら訪れた料亭で待っていたのは、思った通り見合い相手だった。

「ちょっと、凌也。来て早々、そんな失礼な態度はないでしょ」

 席にも着かず無礼を承知でそう告げた俺に、母が非難めいた声をあげる。
 それを軽く受け流して、今回の相手と隣の母親らしき女性に向き直った。

「母が勝手をして、すみません。私にはまだ、結婚する意志がございません。母にも、常々そう言い続けているのですが」

 チラッと隣を見ると、母はあきらかに憤慨していた。

 このふたりに、どんなふうに話してあるのかは知らない。おそらく母の知り合いだとか、そのまた知り合いなのだろう。
悪いが、勝手にセッティングした見合いなのだから弁明は自身でしてもらいたい。

「お詫びの品を、後ほど届けさせていただきます。どうぞ、今日は料理を楽しんでいってください。すみませんが、私はこれで」

 それだけ言うと、個室を後にした。

 この後、室内は最悪な空気になるだろう。食事ができるような状態ではないかもしれないが、それを気にかける義務はない。
巻き込まれた相手には申し訳ないが、俺だって被害者のようなものだと常々思っている。

 母からは知らされていなかったものの、今日の呼び出しは見合いに違いないと確信はあった。せめて相手に誠意は見せるべきだと足は運んだが、断る意思に変わりはない。

 本条グループのトップである父と母は、政略結婚だと聞いている。夫婦仲は悪くないようだが、特別良好だとも言い難い。必要があれば関わるものの、それほど慣れ合う関係ではない。

 専業主婦の母は、日頃からお茶会だショッピングだと付き合いが忙しいらしい。一緒に出掛けた相手から、子どもの結婚が決まったとか孫が生まれたとか聞くそうだ。
 そのせいか『凌也はまだ結婚しないのかしら?』と、数年前からそんなことを言うようになった。

 結婚の催促は、次第にしつこくなっていく。
 家庭を持ってこそ一人前。早く孫の顔を見たい。母はそんな自分勝手な考えと欲望から、俺に次から次へと縁談を持ち込むようになった。

 あの人がそう騒ぎだしたのは、俺が本条テクノロジーズの社長に就任したばかりの頃だった。

 多忙を極める中で結婚しても、相手を蔑ろにしてしまうだろう。
 どんな形で結婚するにせよ、尊重し合える夫婦関係を築いていきたい。それにはやはり、仕事に余裕が出てきてからでなければ無理だ。

『そんな暇はない。時期が来たら考えるから』

 言葉で明確に拒絶をしても、しばらくすると母は再び『いい子がいるの』と話を持ってくる。
 よくもまあ、そんなに相手を見つけられるものだと感心するほどだ。それだけ交友関係が広いということなのだろう。

 母とつながりのある相手と結婚しようものなら、妻を通じてその後の生活にも堂々と口を出されかねない。子どもはまだか、ちゃんと夫婦の時間を作っているのか。あの人の性格から想像するに、言いたいことは次から次へと出てくるだろう。

 うんざりするような未来が容易に浮かび、ますます母の勧めには応えまいと決めた。
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