婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
顔の熱がようやく冷めてきたそのとき。ふと鋭い視線を感じて、周囲を見回した。
「え?」
驚きに目を見開き、恐怖で足が止まる。
「どうした?」
心配そうにしながら、凌也さんは私の見つめる先を追った。
「鏑木彰か」
少し離れたところからこちらを睨むように見ていたのは、元婚約者だった人。
鏑木さんは人を乗せたタクシーを見送っていたようで、彼の服装やその雰囲気から支援者といたのではと想像がつく。
射抜くような視線を遮るように、凌也さんが私を胸もとに抱き寄せる。
鏑木さんの姿は視界から外れたというのに、さっきの視線が脳裏に浮かぶ。あの人はまるで恨んでいるような目をしていた。
凌也さんとこれほど密着していたら、普段なら胸を高鳴らせていただろう。
けれど今は、ひたすら怖くて体が震えてしまう。それは凌也さんにも伝わっているはず。私を囲う彼の腕に、さらに力が込められた。
鏑木さんとの縁は、すっかり縁が切れている。私とは顔を合わせる機会を持たないまま今に至るが、なにも不法なことはしていない。
彼が私を気に入らなかったのはわかっている。いなくなって清々しただろう。
ただ、見下していた私の方から婚約の解消を切りだし、非は鏑木さんにあるのだとしたことに大きな不満があるのかもしれない。それを私に直接ぶつけられていないことも、苛立つ理由になっていそうだ。
私を抱えるようにしながら、凌也さんが歩きだす。なんとか足だけは動かして、それについていった。
「大丈夫だ、凪。あいつはもう、無関係な人間だ。心配はいらない」
言葉で返すことができず、彼の胸もとでこくこくとうなずく。
「凪のことは、俺が絶対に守るから」
「あ、ありがとう」
帰宅してからも、凌也さんは何度もそう言ってくれた。
この先も、鏑木さんと接する機会はめったにないはず。
だから大丈夫だとわかっているのに、どうにも恐怖が拭えない。
今夜は一真さんと麻子さんを紹介してもらい、楽しい時間を過ごせた。慣れない人付き合いも、今日の食事会で少しは自信が持てた。
そのはずなのに……。
優しいぬくもりに満たされていた心は、あの視線ひとつですっかり温度を失ってしまったかのよう。
気遣ってくれる凌也さんに申し訳ないと思いつつ、今は会話をする気持ちになれない。
それは彼も察してくれたのだろう。
終始うつむいていた私に凌也さんは文句も言わず、ずっと手を握っていてくれた。
「え?」
驚きに目を見開き、恐怖で足が止まる。
「どうした?」
心配そうにしながら、凌也さんは私の見つめる先を追った。
「鏑木彰か」
少し離れたところからこちらを睨むように見ていたのは、元婚約者だった人。
鏑木さんは人を乗せたタクシーを見送っていたようで、彼の服装やその雰囲気から支援者といたのではと想像がつく。
射抜くような視線を遮るように、凌也さんが私を胸もとに抱き寄せる。
鏑木さんの姿は視界から外れたというのに、さっきの視線が脳裏に浮かぶ。あの人はまるで恨んでいるような目をしていた。
凌也さんとこれほど密着していたら、普段なら胸を高鳴らせていただろう。
けれど今は、ひたすら怖くて体が震えてしまう。それは凌也さんにも伝わっているはず。私を囲う彼の腕に、さらに力が込められた。
鏑木さんとの縁は、すっかり縁が切れている。私とは顔を合わせる機会を持たないまま今に至るが、なにも不法なことはしていない。
彼が私を気に入らなかったのはわかっている。いなくなって清々しただろう。
ただ、見下していた私の方から婚約の解消を切りだし、非は鏑木さんにあるのだとしたことに大きな不満があるのかもしれない。それを私に直接ぶつけられていないことも、苛立つ理由になっていそうだ。
私を抱えるようにしながら、凌也さんが歩きだす。なんとか足だけは動かして、それについていった。
「大丈夫だ、凪。あいつはもう、無関係な人間だ。心配はいらない」
言葉で返すことができず、彼の胸もとでこくこくとうなずく。
「凪のことは、俺が絶対に守るから」
「あ、ありがとう」
帰宅してからも、凌也さんは何度もそう言ってくれた。
この先も、鏑木さんと接する機会はめったにないはず。
だから大丈夫だとわかっているのに、どうにも恐怖が拭えない。
今夜は一真さんと麻子さんを紹介してもらい、楽しい時間を過ごせた。慣れない人付き合いも、今日の食事会で少しは自信が持てた。
そのはずなのに……。
優しいぬくもりに満たされていた心は、あの視線ひとつですっかり温度を失ってしまったかのよう。
気遣ってくれる凌也さんに申し訳ないと思いつつ、今は会話をする気持ちになれない。
それは彼も察してくれたのだろう。
終始うつむいていた私に凌也さんは文句も言わず、ずっと手を握っていてくれた。