アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
chapter,9
ベルリン・フィルハーモニーの荘厳なホール、プラハの石畳が続く旧市街の劇場、アムステルダムのコンセルトヘボウ……。どの舞台も完璧にできたはずだった――戻ってこなかったのは、音だけだ。
奏が海外遠征を終えて屋敷に戻ったのは、十月の終わりだった。
街はハロウィーンの飾りで賑わっている。オレンジにイエロー、色とりどりのカボチャに、魔女や吸血鬼、ミイラ男などに仮装した人々の楽しそうな笑い声。
どこもかしこも、誰かと誰かが一緒にいる。
奏はひとり、ため息をつく。
屋敷の前で車を降りた。
――こんなにも、我が家は静かだっただろうか。
玄関に人影がない。「おかえりなさいませ」という佐伯の声だけが遠くから遅れて届く。
――いつもの……おかえり、が、ない。