アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
気づいてから、奏は自分が何を期待していたのかを悟った。
コートを脱いで、廊下を歩く。リビングに入ると、いつも通りの家具が並んでいる。
特に変わったところは何もない。ないのだが……。
ピアノの譜面台に、楽譜が一冊置かれていた。
シューマンの小品集。紬希が弾いていた、あの楽譜だ。
――置いていったのか……紬希。
奏はおそるおそる楽譜にふれた。
表紙が、わずかに擦れている。何度も手に取った跡が残っている。彼女がその場にいた証だ。
胸の奥が、しくりと痛む。
窓の外では、子供たちの笑い声が聞こえる。
ハロウィーンの夜は、賑やかだった。
屋敷の中だけが、取り残されたかのように静かだった。