アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
 奏は、手紙に視線を落とす。もう一度、確認するように最後の一行を読んだ。

『ひとりじゃない、と感じさせてくれて、ありがとうございました』
 ――ひとりじゃない、と感じていたのは、俺も同じだ。

 紬希がいたから、音が変わった。音の幅が、拡がった。
 紬希がいたから、あの家に帰りたいと思えた。「おかえり」って言われて嬉しかった。
 紬希がいたから——……。

「多賀宮様、リハーサルのお時間です」

 奏は、手紙をゆっくりと折って、胸のポケットにしまう。
 何事もなかったかのように立ち上がって、舞台へ向かう。
 だが。鍵盤の前に座っても、音が出なかった。

 ――指が、動かない?

 紬希と結婚してからは絶えず満ちていた音楽が、今夜だけ、どこにもいない。忽然と消えてしまった音を前に、奏は途方に暮れる。
 辛うじてリハーサルを終えることはできたが、そこに残ったのは余韻ではなく、喪失による空白でしかなかった。
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