アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
chapter,4
出発の朝、紬希は早くから目が覚めた。
カーテンの隙間からうっすらと差し込む光が、まだ青白い。
スーツケースは昨夜のうちに佐伯が準備してくれていた。中身を確認すると、下着やドレスだけではなく複数のアクセサリーやパンプスなどなど、紬希が選んだものの倍以上の荷物が丁寧にみっちりと入っている。
――着替えって、こんなに必要だっけ……?
今年初の海外興行となるヨーロッパ公演は二週間予定されている。奏のリサイタルはパリ、ウィーン、ロンドンの三都市で行われることになっており、紬希はその全行程に同行することになった――妻として。
奏の契約妻になって財団のパーティーや食事会に呼ばれることは何度かあったが、コンサートに招かれることはなかったため、まさか海外興行に連れていかれるとは思いもしなかった紬希である。話を振られた際に屋敷で留守番するものだと決めつけていた彼女に「君も行くんだ」と呆れられたのが先月のこと。
あれから大慌てでパスポートをはじめとした海外渡航の準備をすることになった紬希だったが、結局家政婦長の佐伯に手伝ってもらい、必要なものを一通り調達することができた。
鏡の前に立つと、見慣れない自分がいる。
佐伯が選んでくれたベージュのワンピースは子どもらしく見えたが、実際に着てみると袖のレース刺繍とアクセントの小花模様がお洒落でとても上品だった。
――大丈夫……だよね。
自分に言い聞かせて、紬希は扉を開ける。