あと30日で、他人に戻るふたり

9日目 誰と?

朝、目を覚ましてリビングに行くと、ソファは空っぽだった。


一度帰ってきてまた出たのかと思って冷蔵庫を開けてみたけれど。
パスタは残ったまま。

そっと冷蔵庫を閉める。
そのまま、洗面所へ向かった。


いつもは騒がしい朝の洗面所も、やけにひっそりしている。
ランドリーラックのおかげで収納スペースが増えたけれど、ひとりで使うにはなんとなく広すぎるような気もする。


鏡に映る自分の頬を両手で包んで、深呼吸した。

────考えるな。

そう言い聞かせて、顔でも洗おう、と気持ちを切り替えた。



••┈┈┈┈••

「藍沢さん、おはようございます」


エレベーターを降りてエントランスに出たところで、誰かの声がした。

なにも考えずにそのまま歩いていたら、もう一度

「藍沢さん?」

と声がする。


足を止めて、ふと考える。

“あいざわさん”……?

はっとして振り返ると、お隣の奥様の篠原さんがにこやかな笑顔で立っていた。


「おはようございます。珍しく今日はひとりなのね」

「あ、おはようございます!」

そうか、私いま“藍沢”なのか。

篠原さんはずっと私たちを夫婦だと思っているし、私も穂村だと名乗っていない。
そのことに、やっと気づいた。


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